片岡安 仁和寺 霊宝館

 

秋季特別企画展
学校法人常翔学園創立100周年・仁和寺霊宝館開館95周年 記念事業
仁和寺霊宝館 秋季名宝展

■2022年9月17日〜12月4日 

 

秋の仁和寺名宝展がいつものように始まりましたが、今回は少し毛色の変わった企画が組まれています。

展示の前半は国宝の文書類など寺宝の数々が披露されています。

これはいつものパターン。

しかし、後半はこの展示施設そのもの、「仁和寺霊宝館」自体に焦点が当てられ、開館までにいたるプロセスなどがとても丁寧にトレースされていて、ちょっとした建築展の趣き。

大変興味深い内容でした。

www.josho.ac.jp

 

企画の中心を担っているのは大阪工業大学(常翔学園が運営する一校)。

同大学の教授、講師陣が、残された設計図面や史料類に解説を加え、図録に論稿を発表、読み応えがあります。

図録の刊行自体、春秋の恒例になっている仁和寺の名宝展にしては珍しい。

 

仁和寺霊宝館の設計者は片岡安(1876-1946)です。

現在でも数々の傑作が残る日本近代初期を代表する建築家として有名な片岡は、大阪工大の前身、関西工業専修学校の初代校長を務めた人物でもありました。

その縁でこの記念企画が実現したという背景があるようです。

 

辰野金吾と協働していたことから、どうもこの巨人の影に隠れがちな人です。

華麗な大建築が残る辰野金吾の対し、片岡安はどちらかというと、都市計画論などでの実績の方が名高く、実務能力や人望もおそらく高かったのでしょう、1934(昭和9)年には出身地金沢の市長にまでなっています。

辰野片岡建築事務所 旧山口銀行京都支店(旧北國銀行京都支店)

 

1926(大正15)年竣工の仁和寺霊宝館は、それまで煉瓦造の建築が多かった片岡にしては珍しい、鉄筋コンクリート造の貴重な作例。

しかし、この仁和寺霊宝館はその計画当初の姿からかなり変更が加えられる等、開館まで一筋縄ではいかなかった経緯にあることが今回の展示で明らかにされています。

 

1887(明治20)年の火災によって多くの堂宇を失った仁和寺は、前門跡小松宮の強い意向もあって、1914(大正3)年には、現在見られる亀岡末吉による御殿エリアの再建などが完了しています。

しかし、この段階では、寺宝を火災から守るための宝物館建設費用までは捻出することができませんでした。

 

小松宮の声かけで発足していた支援組織「仁和会」の幹事をつとめ、当時日本生命の社長だった片岡直温等が中心となって、1916(大正5)年、あらためて宝物館建設のアクションが起こされていくことになります。

片岡安(旧姓細野)は、片岡直温が養子に迎えていた人物です。

霊宝館設計がこの建築家に委ねられた背景にはこうした事情がありました。

ただ、資金面では、当初あてにしていた藤田男爵家(藤田組の本家)からの支援が得られず、傍系の藤田徳次郎、彦三郎に頼らざるをえなくなるなど、難航。

さらに激しいインフレも追い討ちをかけ、着工の目処はなかなか立たなかったようです。

御殿エリア再興から約10年後の1923(大正12)年、ようやく計画が再起動され、霊宝館建設が本格化しました。

 

 

仁和寺には片岡が計画当初から寺に提出していた貴重な原案図面が大切に保存されています。

着色が施された当初案をみると、実際に建造された建物とはかなり違っていたことがわかります。

現在の霊宝館は中庭を持つ「ロの字」型の平屋造ですが、当初案は妻側に入口を設けた長方形の二階建て。

案の中には石貼の豪華な側面を持つ図面も示されていて、和様を基軸としながら、片岡が得意とした西洋古典の雰囲気を巧みに取り入れた造形がみられます。

ただ、前述のように経済的な事情から設計案は規模を縮小していくことになります。

 

計画案の二階建てから現況の平屋への変更に大きく影響を及ぼしたのは、資金面の制約だけではなく、計画再起動の年に発生した大災害、関東大震災でした。

霊宝館は金堂や五重塔、それに宸殿などがあるエリアから離れ、境内の東側に孤立しています。

この立地も、震災後、火災に弱い木造建築が主体の御殿エリアから離れた場所に変更されたことによるのだそうです。

 

資金難から震災。

紆余曲折を経ながら完成した現在の仁和寺霊宝館は、収蔵品保護の観点から中庭に面した窓が全て塞がれているので、残念ながら往時にはあったとみられる開放感がありません。

しかし、整えられた現代の美術館にはもはやみられない、頑強さと古色が程よくブレンドされた落ち着いた雰囲気をもって鑑賞者を迎え入れてくれます。

いつまでも残ってほしい近代建築遺産。

今年は開館(1927・昭和2年)から95年。

5年後の100周年記念展が楽しみです。

 

ninnaji.jp

 

 

 

ジャン・プルーヴェ展の東西

 

ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで
■2022年7月16日〜10月16日
東京都現代美術館

Rester Jean Prouvé
■2022年7月17日〜10月16日
■node hotel

 

規模はまったく違いますが、東京と京都でジャン・プルーヴェ(1901-1984)の回顧展が3ヶ月にわたって開催されました。

 

膨大な椅子などのコレクションに加え、組立住宅を丸ごと会場に再現するという圧倒的な規模感で作品群を展開した木場の東京都現代美術館に対し、西洞院のノード・ホテルでは1階ロビー入口に簡単な作家紹介コーナーと椅子が数脚並べられただけのとても小さい展示。

プルーヴェの椅子(node hotelでの展示)

どうやら仕掛人の一人である八木保が結節点となって、MOT展と同時並行的に京都でのこじんまりとしたこの企画が実現したようです。

京都を拠点に家具デザインをてがけているグループIndian Creek Feteが全体のディレクションを担当し、装丁などで活躍しているカワイハルナがポスターを手がけるなど、小規模ながら気が利いていて楽しめました(無料・宿泊や食事をしなくても見学OK)。

カワイハルナによるアートワーク

nodehotel.com

 

 

さて、東京都現代美術館での展示品の多くは、二つのコレクションから成り立っていました。

一つはパリにあるギャラリー・パトリック・セガン(Galerie Patrick Seguin)が収集、扱っているプルーヴェの作品。

もう一つは、"Yusaku Maezawa collection"。

驚いたことに、本展の目玉、館内に実物再現されたプルーヴェとピエール・ジャンヌレによる共作《F 8x8 BCC組立式住宅》は前澤友作コレクションから出展されたものです。

その貴重さもさることながら、普段どこに保管しているのか、維持するだけでもそれなりのコストがかかりそうですが、そういうことを考えること自体が野暮なのですぐやめました。

プルーヴェ&ピエール・ジャンヌレ「F 8X8 BCC組立住宅」内部

 

プルーヴェの、たとえば椅子を一般的な日本のリビングに置くことを想像すると、かなりインテリアとしてコーディネートする難易度が高いような気がします。

自身をデザイナーとも建築家とも言わず、「工人」あるいは「構築家」と称していたプルーヴェの造形は、非常に理知的な面と、荒々しいまでの「工作物」としての剥き出しの力強さが同居しているように感じます。

一見、シンプルで汎用性が高そうな外観。

しかし、ぼんやりとした日常が繰り広げられる居室空間の中では明らかに異質な力が発散されるため、部屋自体がプルーヴェに負けてしまうのではないか、と。

居間が、どことなく、仕事場に変貌してしまいそうです。

 

 

一方で、ただ粗野なだけのエセ民芸的臭みとは真逆の率直な美意識が、どの作品からも放たれてくる不思議。

この人の造形にはどこか、誤解を恐れずにいえば、「男の子」的な、純粋にかたちを作り出す愉悦感が伴っていて、そこがコレクターたちの琴線にふれるところなのかもしれません。

宇宙船、あるいは潜水艦にみられるような窓の形。

メタリックな素材感をそのままに即物的な直線や曲線の美で魅せる壁面意匠。

少し前まで安っぽさに還元されてしまったようなデザインの数々が、時代が一巡りもふた巡りもした現在、輝き出してきたということでしょうか。

 

 

高い理知と、ある種の無骨さを兼ね備えた初期から中期にかけてのプルーヴェ作品が一番映えた場所は、これも木材と金属の素材感を合理的に活かし切った「組立住宅」の中だったように思います。

もちろん、パトリック・セガンの店で売られているプルーヴェのリビング家具セット写真などを見ると、十分、モダンインテリアとして洗練された雰囲気も感じられるのですが、本来のプルーヴェらしさからはやや離れてしまい、「手懐けられた」印象を受けます。

www.patrickseguin.com

 

キービジュアルに採用されている「フォトゥイユ・レジェ(アントニーチェア)」(これも前澤コレクション)は、一見、優雅な曲線が居室になじみそうに感じられますが、脚部を見るとあまりにも率直な鋼板と鋼管が強烈に素材とフォルムを主張しています。

この「脚」を映えさせるためには、相当に貫禄のあるフロア材を使わないと釣り合いません。

椅子一脚のために部屋全体の雰囲気を変えないといけない。
プルーヴェと付き合うにはそれなりの覚悟が必要かもしれません。

 

すっかりセレブたちのお気に入りになってしまい、オリジナルのプロダクトはかなり価格が高騰しているというプルーヴェですが、私にはとても使いこなせそうにない家具たちばかりなので、物欲は今のところおさまっています。

 

www.mot-art-museum.jp