全て木で組み上げられた異形の浴室。
時代が遡ってしまったような他では味わえない湯浴み体験が約束された宿です。
東京から「まるほん旅館」までのアクセスは途中まで比較的スムーズです。
上野から特急草津号に乗る、あるいは急ぎであれば高崎まで新幹線を利用し吾妻線に乗り換え。
ここからがちょっと大変です。
四万温泉へのバスは30分も待てば来ますが、沢渡温泉行きのバスは本数が限られています。
事前にバスの発車時刻を確認してから電車を選択することにしています。
バスに乗ってしまえば30分もかからず沢渡温泉街へ到着、バス停から歩いて2,3分で宿につきます。
温泉街といってもかなり規模が小さく、人もまばら。
しかし静かすぎるほどに鄙た風情がなんとも怠けた気分にさせてくれるので気に入っています。
まるほん旅館は沢渡温泉共同浴場のすぐ近くにあり、この温泉の湯元的な老舗旅館。
しかし、格式ばったところは全くなく、高級感は感じられません。
むしろ普段使いができそうな気やすさがあり、そこが魅力でもあります。
でも、大浴場は全く雰囲気が異なります。
宿の奥、みしみしと音をたてる階段と廊下をつたって湯屋に入ると異空間が待っています。
柱から床まで全て木造。
浴槽までのアプローチは明治を通りこして江戸時代に迷い込んだような錯覚を覚えます。
湯船がまた最高に素晴らしい。
緑色に色付く高級そうな石材を惜しげもなく使い、清透な沢渡の源泉が注ぎ込まれています。
四万温泉積善館の元禄風呂もたいそう格調高い造りですが、まるほん旅館の浴室は木と石、そして温泉が織りなす文化財の域。
陰影に富んだこの浴室にはどこか官能的な雰囲気すら漂います。
石臼のような湯口にはびっしりと白く温泉成分がこびりついています。
55.1度、pH8.5のカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉。
四万と似ているようで違うところはその香りです。
ほのかに硫化水素系の匂いが感じられます。
肌触りは例の「一浴 玉の肌」のキャッチコピー通り。
品の有る名湯です。
源泉掛け流しで湯は十分新鮮。
ただ湯量には限界があるようです。
温泉分析表によると源泉名は「県有泉」。
沢渡温泉では貯水タンクに一旦源泉を受け止めてから各宿に分配される集中管理方式をとっているとみられます。
一度、真冬に投宿したことがあります。
その時には浴槽に保温シートが被せられていました。
おそらく一つの旅館に配られる源泉量が決まっているのでしょう。
冬だからといってどんどんお湯を増やすわけにはいかない。
熱を逃さない措置ですが、風情が台無しになってしまいます。
夏場はやや熱いと感じる湯なので冬場、湯量が制限されていてもぬるくなりすぎることはなく十分適温範囲ではありました。
湯守さんはなかなか大変そうです。
大浴場は混浴。
女性専用にもう一つ浴室があります。
この別浴室は大浴場とは正反対のモダン風呂。
建てられてからまだ間もない湯屋です。
デザインのセンスが素晴らしく、高い天井は全て木製で、暖かい間接照明が採用されています。
なお大浴場の女性専用タイムにはこちらの浴室が男性用に切り替わります。
ちょっとわかりにくいところに小さくはありますが貸切露天風呂もあり、空いていればいつでも利用できます。
露天といっても開放感はなくいかにも隙間空間に作られた感じ。
浴槽が小さいので熱めになっていて、ざっと温まりたい時、利用しています。
専用部屋に通されての食事は特に豪華でも洗練されてもいません。
しかし宿全体の気安い雰囲気とマッチしていて、不満を感じることはなく、毎回完食。
平日の一人宿泊で1万円台後半といった価格設定。
日本秘湯を守る会会員宿です。
良く知られたエピソードですが、この宿は先代が引退する際、血縁のない、地元の金融機関に務めていた現在のご主人が温泉の素晴らしさに惚れ込み、仕事をやめて引き継いだもの。
かつては設備の古ぼけ具合が気になっていましたが、どんどん新しいセンスで宿を造り変えています。
素晴らしい。
宿の隣にある共同浴場もなかなかに風情があります。
宿泊客は無料で利用することができます。