「異端の鳥」 (ヴァーツラフ・マルホウル監督)

 

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「異端の鳥」(配給 トランスフォーマー)

 出演:ペトルコトラール ウド・キアー レフ・ディブリク

   イトカ・チュヴァンチャロヴァー ステラン・スカルスガルド

   ハーヴェイ・カイテル ジュリアン・サンズ バリー・ペッパー

 撮影:ウラジミール・スムットニー

 音響:パヴェル・レイホレツ

 脚本・監督:ヴァーツラフ・マルホウル  (イェジー・コシンスキ原作)

 2019年チェコ・スロバキアウクライナ合作 2020年10月9日 日本公開

 

これほど陰惨苛烈で、しかし、美しいロード・ムービーの類例を知りません。

加虐と被虐、差別と被差別の層が幾えにも重なりあった世界。物理的・精神的・性的なあらゆる暴力がとめどなく描かれていきます。

でも、目を背けることができません。あまりにも映像が美しいから。

 

主人公の少年はユダヤ系の設定。ソビエトナチスドイツが対峙する東欧の「どこか」が舞台。

もうこれだけで気の毒な成り行きが想像されるわけですが、ストーリー展開はそんな予断を粉砕する過酷さ。

 

少年に対する差別と暴力は気が滅入ってくるくらい重層的です。

 

まずユダヤ人としてあらゆる周囲の人々から徹底的な差別を受けます。

しかしそんな周囲の村人たちも、東欧の「どこか」の人たち。誰もがとびきりの貧困世界に暮らし、戦争している二国の軍人たちからはまともな人間として扱われていない。その意味で差別を受けている当事者です。

差別されている村人たちをさらに斜め上から虫けらのごとく焼き討ちにするコサック兵が、たちまちソビエト軍に上から蹂躙され虐殺されていく風景。

救いようのない地獄の重箱です。

 

人種差別に輪をかけて少年に襲いかかるのは、「少年」であるがゆえに受けてしまう暴力。

同じ少年たちからうける残酷無比ないじめにはじまり、大人の群からは何度も文字通りの袋叩き。さらに女からも男からも性的に弄ばれていく。

日常が地獄化したのか、そもそも地獄が日常なのか。たどたどしくも「エリーゼのために」を弾いていた少年から表情と言葉が消え去ります。

 

一方で、逆に少年が「少年」であったために、かろうじて命がつながれていくことにもなります。子供ゆえに拾ってくれる人、見逃してくれる人たち。しかし、引き取ってくれた人々もそれぞれに悲惨な成り行きに沈み、少年の被虐旅は延々と終わることがありません。

 

レフ・ディブリクが演じたレッフは、「魔笛」に出てくる「鳥刺しパパゲーノ」の末裔とも受け取れる存在。モーツァルトのオペラの中では陽気さだけが取り柄だったはずで、最近は「パパゲーノ効果」でも有名。しかし、この映画においては全く逆の最期を迎えます。なお映画原題の英訳"The Painted Bird"はレッフと少年とのエピソードの中で、実際の映像によってその無残な意味が語られることになります。

 

わずかながら少年を積極的に救おうとする人たちも現れます。しかしその善意が少年に覆い被さる地獄の重層構造をかえって攪拌し、結局より一層強固なものにしてしまう。まるで不幸が煮しめられていくような展開に息苦しさを覚えるほど。

 

ほぼ出ずっぱりで虐め抜かれる少年役のペトルコトラールは、映画の中で実際に成長していきます。撮影期間は2年。幼児みたいな体型と顔つきが最後にはややたくましさを感じさせ、深みのある表情をたたえるようになります。

ただ、物語の上での「成長」は祝福できるようなものでは到底ない。不幸な時代における一少年の成長譚として回収できる映画では全くありません。因果の連鎖は続き、地獄の扉は開いたままです。

 

東欧主体のプロジェクトですが、メジャーな名優も多数顔を出して要所を締めています。

例えばハーヴェイ・カイテルはいつもの「悪い人」的含みを完全に消し去った司祭役で登場します。しかしそれゆえに、かえって禍々しい展開を予見させる役回り。深みがあります。

そのカイテルジュリアン・サンズがとんでもなく眺めが良くない汚れ役で対峙。中盤の、少年にとってある意味転換点となるエピソードを動かしていきます。

 

出口が見えない悲惨な物語が、極限まで削られた台詞によって3時間近く継続します。

にもかかわらず、一瞬も画面から目をそらすことができません。

映像があまりにも素晴らしいのです。

構図が絵画的といってもいいくらい計算されている上にモノクロの陰影美と透明感をとことん追求した撮影芸術。この映画の場面をいくつか切り取れば、一冊の美しい写真集が作れそうです。

 

映像美とは別に、目をそらすことができない峻厳な構図もこの映画では描かれています。

差別ピラミッドの最底辺にいる少年を直接的に救った人たちは誰なのか。
それは当時、ピラミッドの頂点に属していたナチスドイツの一兵士。スターリンを絶対視し党是を信奉するソ連の一軍人。
もっとも、彼らが少年を救ったとして、大きな差別構造自体において最も罪深い階層に属していることに変わりはありません。

しかし、差別による危害を直接的かつ身近に具体化してしまう階層は、必ずしも頂点にいる人たちではなく、中間にいて自らも差別されている市井の人たちであるということ。この直視し難い関係性があからさまに描かれています。なぜ直視し難いのか、それは今もおおよそ、その構図に変わりがないからでしょう。

 

邦題の「異端の鳥」にはちょっと違和感があります。

「異端」とは、ある宗教の中で教義の解釈等が違うために下される判定です。つまり同一宗教内部の問題。ユダヤ教キリスト教の関係は異端ではなく、「異教」です。

"The Painted Bird"を素直に訳した方が、映画の内容とダイレクトに共鳴するタイトルになったと思います。(邦訳文庫のタイトルをそのまま使っただけなのかもしれませんが)

 

しばらく記憶の底にこびり付きそうな映画。

マルホウル監督のヴァナキュラーな凄みすらたたえた映画表現は、深沢七郎やクライストの小説に通じるような異常で悲惨な苛烈美をもっています。