「分離派建築会100年:建築は芸術か?」展 (パナソニック汐留美術館)

 

 

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分離派建築会100年:建築は芸術か?

 ■2020年10月10日〜12月15日

 ■パナソニック留美術館

 

美術史・建築史上で「分離派」といえば一般的にウィーン分離派のことを指すのだと思います。

パナソニック留美術館はウィーン分離派の展覧会を過去にも開催しているので「また?」と思っていたら、全く違う「分離派」の特集でした。
わずか8年で動きを止めた日本の若き建築家グループの濃厚な活動の記録。その全容が詳かにされています。

 

ウィーンのムーヴメントに遅れることおよそ四半世紀、1920年に日本で分離派を名乗る建築家グループが誕生。分離派建築会。その結成100年を記念した企画展です。

石本喜久治、瀧澤眞弓、堀口捨己、森田慶一、矢田茂、山田守。東京帝国大学建築科学生6人によって結成。その後、大内秀一郎、蔵田周忠、山口文象がグループに参加。1928年まで活動を続けたそうです。

 

分離派というからには、何から分離したのか、したいのか、が問われます。
展覧会の冒頭、その「離れたかった建築様式」がまず紹介されます。
すなわち、辰野金吾、片山東熊等、明治の大家たちに代表される、堂々たる西洋クラシック建築。

辰野金吾の弟子である後藤慶二が、師匠の建築作品で全て支配された想像上の都市景観を油彩画にしています。
東京駅や日銀本館の姿も見えますが、まるでヨーロッパのどこかの街と言われても不思議ではない、一種の奇観が示されています。辰野の還暦祝いとして描かれたものだそうですが、趣味が良いとはいえない一枚です。
なるほどこれでは若き帝大生の中に嫌になってしまう人が現れても不思議ではありません。

 

では分離して、何をつくるのか、あるいはつくりたいのか。次にこの問いに答える必要があります。
でもそれが、実はよくわかりません。
ウィーンではオットー・ワーグナーやヨーゼフ・ホフマン、ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒといった、ざっくりいえば装飾性と近代性を融合させたスタイルがすぐイメージされます。
しかし日本の分離派建築会ではウィーン分離派の語法がほとんど見られません。
つまり、本家の分離派とは関係がない人たちなのです。
これは、この展覧会であらためて認識させられました。なんとなく日本にも分離派がいた、そんな風に記憶していたのですが、真の様相を理解していなかったわけです。

 

彼らの東京帝国大学卒業設計図面をみると、確かに辰野流クラシック様式とは全く異なるのですが、まるでクロード・ニコラ・ルドゥーを彷彿とさせる幾何学的古典様式として目に飛び込んできます。
特に堀口捨己のそれはルドゥーに直結するイメージ。でもどうやらこれも関係は無いようです。
ただルドゥーの作品がほとんど実際の建築として作られなかったように、卒業制作に見られる彼らの作品群はなんとなく現実感に乏しいともいえそうです。

 

卒業後は日本的様式を大胆に取り入れた都市郊外の住居作品など、グループの個性が具体的な建物として示されていきます。

しかし結成の3年後、1923年、関東大震災

建築界が根本的転換を迫られる中、初期の浮世離れした作風から脱し、いよいよ各建築家の大規模な作品が次々と形をなしていくことになります。

主な現存しているものをピックアップすると次の通り。

永代橋 (山田守がデザインに参加)
・聖橋 (同上)
・旧多摩聖蹟記念館 (蔵田周忠)
京都大学楽友会館 (森田慶一)
京都大学農学部正門 (森田慶一)
・旧千住郵便局電話事務室 (山田守)
・小出邸(江戸東京たてもの園に移築) (堀口捨己)
・旧横須賀海仁会病院 (石本喜久治)

 

聖橋は最近改修が終わり汚れが取り除かれました。御茶ノ水のランドマークとして美しい景観を相変わらず提供してくれています。
聖蹟桜ヶ丘の記念館は昔のドラマロケでよく使われていた記憶がありますが、今でもしっかりメンテナンスされ多摩市が運営、市民参加のギャラリーも開催できるそうです。

 

ただ、残念ながら、東京中央電信局、白木屋デパート、東京朝日新聞社、山口銀行東京支店はじめ、このグループを代表する多くの建築が現存していません。
辰野や片山の明治クラシック建築は堂々と首都をいまだに飾っているのに。皮肉なことです。
もっともグループ活動停止後、各々の建築家たちはそれぞれに様式を確立していき、代表作が残れさてもいます。例えば山田守の京都タワーのように。

 

プランに終わったものの中に面白い作風が残されています。
山口文象の「丘上の記念塔」はメンデルゾーンのアインシュタイン塔を想起させます。瀧澤眞弓による「山の家」模型はルドルフ・シュタイナーの第2ゲーテアヌムをさらに大胆に彫塑整理したように見えないこともない。

蔵田周忠が手がけた聖シオン教会は具体的にはっきりとペーター・ベーレンスの教会関連建築へのオマージュであることが展示により解説されています。
直接的にウィーン分離派の影響を受けたわけではありませんが、同時代ドイツ建築界の動きは各建築家に意識されていたようです。

 

広いとはいえない汐留の美術館。会場いっぱいに展示板をたて、分離派建築会8年の軌跡とその前後を説明し尽くそうとしています。
まるで学園祭のパネル展みたいでもありますが、主催者の熱意が伝わってくる好企画だと思います。

文献資料、設計図、写真などが中心。わずかですが椅子類などの実物展示があります。模型と映像を活用する等、飽きさせない工夫もみられました。


前回の「和巧絶佳」展に続き、企画センスが冴えていると思います。かなりスペース上、詰め込まれた展覧会なので会期末間際の密状態を避けるなら早めに観賞した方が良いかもしれません。10月中旬現在、事前予約不要、体温チェックのみです。

 

来年早々、京都国立近代美術館に巡回するそうです。岡崎の広いスペースを使っての展示。どう再構成されるのか、楽しみです。