今、一番聴きたいピアニストはこの人です。
ドビュッシー: ピアノと管弦楽のための幻想曲
ラヴェル: ピアノ協奏曲 ト長調、左手のための協奏曲
マスネ: 二つの即興曲、トッカータ、二つの小品、狂ったワルツ
ピアノ: ジャン・エフラム・バヴゼ
BBC交響楽団
指揮: ヤン・パスカル・トルトゥリエ
CHSA 5984 (CHANDOS) SACD
ドビュッシーの幻想曲は実質作曲家唯一のピアノ協奏曲といってもいい作品です。
でもラヴェルのそれに比べると人気はかなり落ちます。
「アラベスク」と「牧神」の中間的作風で、どっちつかずの中途半端さがあり構成も2楽章なのか3楽章なのか曖昧。
十分メロディアスなのですが、キャッチーな旋律の豊富さではラヴェルのト長調には見劣りしてしまいます。
しかし、そのとらえどころがない、移ろっていく美観がこの曲最大の魅力でもあります。
表面的な旋律美を偏重して甘ったるく演奏されると「アラベスク」の巨大な二番煎じに堕してしまう危険な作品ともいえます。
その点、バヴゼ(Jean-Efflam Bavouzet)とトルトェリエ(Yan Pascal Tortelier)は、緩急の波をつけつつも過度な色彩の味付けを抑え、洗練された語り口で仕上げてくれています。
特に2楽章前段。
即興的といってもいいくらいのピアノとオケによる融通無碍な語り合いが美しく繰り広げられます。
BBC響の反応の良さも聴き物です。
バヴゼは、時折、意図的にパッセージを少し端折るような指遣いを用いていて、そこがとてもお洒落な感じを受けます。
トルトェリエの立体的な音づくりと弾けるように俊敏な指揮に呼応し、jazzyなこの曲の魅力を新鮮に再現。
2楽章後半におけるバヴゼのとてもデリケートで知的なデュナーミク芸に絡む管楽器群の美しさ。
ラヴェルが駆使した作曲技巧の妙が存分に引き出されているシーンです。
さて、このディスク最大の聴きどころはラヴェルの「左手」です。
SACDの特性が活かされていて、特に低音域の響きがCDに比べて一階層、下に広がった感じを受けます。
バヴゼの強靭な左手のタッチを明確に捉えつつ、打楽器群の質感を、その響きの輪郭まで含めて目の前に提示してきます。
フランソワのような自在さはもちろんないのですが、バヴゼは捉え所が見えにくくなるこの曲の骨格をまず確定させた上で、十分にグロテスクさと知的な美を表出。
トルトゥリエの見通しの良い指揮と絡み、情念側にも知性側にも偏らない斬新な解釈でこの傑作を仕上げていると思います。
オマケ風にソロでマスネの小品が5曲収録されています。
これがまた大変素晴らしいのです。
古典派の録音が多くなっているバヴゼですが、フランス近代物の再現センスも当然抜群。
ベートーヴェン等、大物の録音が一段落したところでこの界隈の作品に戻ってきて欲しいものです。
2010年4月(コンチェルト2曲)、6月(マスネ)の録音。
最近のシャンドスレーベルによるSACD収録に比べると音像がやや小さくまとまっていてまだ改善の余地があったと思われる頃のセッションですが、十分オケも含めて生々しく響きを捉えた優秀録音だと思います。