特別企画展 小野竹喬・春男 父と子の切ない物語
■2020年10月6日〜11月23日
■京都府立堂本印象美術館
小野竹喬の戦後、主に1950年代以降の作品がまとめて展示されています。
息子春男のあまりにも早い晩年の作品と共に竹喬老年期のスタイルを回顧する企画展。
その透明な抒情性に感銘を受けました。
大正期の京都画壇で活躍した画家の中で、小野竹喬は異例に長寿を得た人です。
1979年、89歳で永眠。
国画創作協会で活動を共にした土田麦僊は1936年、49歳、村上華岳は1939年、51歳の若さで死去しています。
榊原紫峰は比較的長寿ですが、竹喬よりは早く1971年、83歳で亡くなりました。
画友に先立たれることも辛いでしょうが、竹喬にとって最も悲痛な出来事は息子春男が中国戦線で戦死してしまったこと。
1943年、26歳で没しています。
小野春男の絵画を初めて観ました。
植物の習作などを見ると写実力に加えてモノの本質を捉えようとする視線が感じられます。
父竹喬の期待に応える才能の持ち主だったことが伝わる遺作の数々。
「茄子」はかつて信州上田の「無言館」に収められていたもの。
竹喬とはまた違った透明感のある画風で、すでに彼の個性が芽生ていたことが窺い知れる一枚でした。
現在は戦没画学生たちの作品とは離れ、笠岡市立竹喬美術館に引き取られています。
絶筆となった少女坐像は婚約者をモデルにしたものとか。
どこか藤田嗣治に通じるようながセンス。
「線」の繊細さは春男独自のものでしょう。
近所に住んでいて竹喬と親しく交わっていた福田平八郎が、春男の出征を寿いで贈った虎の図が痛ましく挿入された後、竹喬の「月」が飾られています。
この画家らしい光彩が消え、グレーと明るさを抑えたブルーの世界。
春男戦死の翌年に描かれた作品です。
日本画で慟哭をストレートに表現することを当然に竹喬は慎んでいるわけですが、静かな悲しみが確かに伝わってくる展示です。
1950年代以降になると、竹喬のスタイルは様式性が強くなります。
今回展示されている作品はいずれも植物や海、沼といった静かな対象物をテーマにしていて、古典的といっても良いくらい無駄がない。
それでいて、どの絵からも竹喬らしい透明感と抒情の美が滲み出ています。
ブルー系の色調でまとめられた作品が多いのですが、その中で一枚、「夕茜」と題された作品は、写真で見るよりずっと茜色がヴィヴィドで、抒情性よりも深沈とした情熱と凄みを感じさせ異色です。
優美な絵を描いていただけの人ではない。竹喬芸術の奥深さが現れていると思います。
竹喬最晩年の作品にみる古典的な抒情美はどこかリヒャルト・シュトラウスと通じるものがあります。
この作曲家も異例に長生きした芸術家ですが、晩年の作品は最後のオペラ「カプリッチョ」やホルン協奏曲の2番、オーボエ協奏曲にみられるように音が整理され、古雅とすらいえる美が軽やかに、しかも奥深さをもって表現されています。
枯淡の美とは違う、上澄みと澱がみえない層によって結び付けられているような、なんとも形容し難い美観がこの二人の黄昏時には共通しているように思えます。
堂本印象美術館は11月中旬現在、事前予約不要、連絡先記入は求められます。
平日の昼間、内容から見て大混雑するような企画展とは思われず、実際、快適に鑑賞できましたが、観客が途切れることはありませんでした。