河原町今出川の北村美術館、秋季展示は「閑雅」と題され12月6日(2020年)まで開催されています。
9月5日からはじまっている展覧会ですが、晩秋をイメージしたというこの企画が映えるのはまさに今でしょう。
ロビーからのぞむ「四君子苑」の紅葉が見頃をむかえています。
なおこの数寄屋名建築に関する秋の特別公開期間はすでに終了しています。
仮想の茶席をイメージしながら展示品を紹介するところがこの美術館のユニークなところです。
今回は「初座」として取り合わされている、近衛家煕書写の「熊野懐紙」を中心とした道具類が見所の一つです。
道仁による端正な二段重ねの釜、仁清の小さく愛らしい色絵香合が掛物の両脇を飾っていました。
近衛家煕(1667〜1736)という人は文化芸術面における近世の宮廷公家社会における中心的人物でした。
2008年に東京国立博物館が企画した「宮廷のみやび 近衛家1000年の名宝」展では、家煕が陽明文庫や宮内庁三の丸尚蔵館に残る同家コレクション拡大に果たした役割の大きさが示されていました。
特にその書に関する造詣の深さは凄まじく、彼が編集者として奈良時代から室町時代までの天皇・関白、諸家の書跡を集めて貼り込んだ国宝「大手鏡」(陽明文庫)をはじめ、独自の表具芸術で仕立て上げた平安・鎌倉期名筆の数々が「予楽院表具」として伝わります。
家煕は1725(享保10)年、落飾し、以降、予楽院(北村美術館の表記では豫楽院)と号しました。
もうすぐ会期末(11月23日)を迎えてしまいますが、京博「皇室の名宝」展でも予楽院表具の傑作、藤原為家の書状が紹介されています。
これは近衛家から皇室に伝わった名品です(宮内庁三の丸尚蔵館)。
さて北村美術館で今回展示されている近衛家煕書写の「熊野懐紙」ですが、よく知られているように原本は西本願寺が蔵する国宝です。
正治2(1200)年12月3日、熊野、切目王子において後鳥羽上皇とその側近たち等が催した歌会。
そこで歌が書かれた懐紙の中からの1枚、久我通親(源通親)の歌、二首が写されています。
歌会のお題は「遠山落葉・海辺晩望」でした。
切目山おちのもみぢ葉ちりはてて なお色のこすあけの玉垣
あかねさすしをぢはるかにながむれば いりひをあらふ波の色かな
展示では西本願寺原本のコピーが家煕書写の下に参考としておかれています。
驚くのはその徹底した模写ぶりです。
ほとんど本物と変わりがありません。
家煕は五摂家筆頭近衛家に伝わった名筆の数々を熱心に書写したことで知られています。
自らも和漢の書に秀でていた能書家家煕の根本にこの「写しの技」があったのです。
「模倣」はすなわち「ミメーシス」。
江戸時代の公卿がアリストテレス美学の真髄に迫っていたといえなくもありません。
なお「熊野懐紙」は近衛家自体も所有していて、後鳥羽上皇、寂蓮他の懐紙原本(これも国宝)が陽明文庫に収めれらています。
北村美術館がある場所は、この美術館の解説によると、後陽成天皇の子、常修院宮慈胤法親王が里房を結んだところとか。
宮は近衛家煕の茶の湯における師匠なのだそうです。
今回の展示はそんな縁に因んで企画されています。
当時の近衛家本殿は京都御苑今出川御門辺りですから、法親王里房のご近所といえなくもありません(享保年間になると家煕は河原町二条辺りの別業に住んだようですが)。
この美術館は規模からみるとやや大きめなギャラリーといったところ。
地味ではあります。
ゆえに、そんなに混雑はしないので静かにじっくり空想の茶会に想いを巡らせることができます。
11月中旬現在、北村美術館の事前予約は不要です。
体温チェックと連絡先記入は求められます。