山縣有朋という人は「土地」に関する独特のセンスを持っていたように思います。
彼が指図した無鄰菴も椿山荘も、いわば、「高低差の庭」。
でもその印象はまったく違います。
椿山荘は関口台が神田川に向かって落ち込む急斜面を利用して造営されました。
神田川沿いの冠木門から入るとまるで崖を登るようなアプローチが続きます。
北と東側にホテル棟、西には小高い丘があるので、「幽翠池」を中心とした庭の大部分は周りを取り囲まれた閉鎖空間です。
ここでの土地に備わった高低差は、周囲と切り離された別世界の美空間を生み出しています。
同じように目白台の斜面を活用したお隣、肥後細川庭園の持つ開放感とは対照的ともいえます。
他方、無鄰菴には庭を高く囲む遮蔽物がほとんどありません。
とてもなだらかに北側から下る斜面が続くだけです。
しかし、その微妙な角度が椿山荘とは正反対の美空間を生み出しています。
無鄰菴の高低差には、開放的に緩く上昇する土地の先にある東山の連なりを借景として取り込む作用が備わっています。
規模は椿山荘よりはるかに小さいのですが、土地の持つ明るさと借景の技法によってむしろ広々とした印象を与えます。
閉じられた庭である椿山荘と、開かれた庭としての無鄰菴。
それぞれの「土地」の持っている顔、働きを活かしきって自分好みの庭に仕上げていく。
山縣有朋の趣味ほど贅沢なものは滅多にありません。
無鄰菴の開放感を高めている要素は高低差による借景の技だけではありません。
私邸にもかかわらずどさくさまぎれ的に引き入れてしまった疏水。
縦横に庭を流れる豊かな水からの反射もそれに貢献しています。
近所には、同じように、七宝製作に使う名目で引き入れた疏水を自邸の池に注ぎ込んでしまった工芸家並河靖之邸があります。
この庭を手がけた七代目小川治兵衛(植治)が無鄰菴の作庭者です。
並河邸の狭い敷地にミクロコスモスを作った植治が、ここでは開かれた庭の趣きに沿って見所を作り、工夫を凝らしています。
山縣は苔を嫌って芝生を好んだといわれますが、現在の庭をみると、全体の半分くらいは苔が占めている印象を受けます。
でも、例えば近くにある青蓮院の庭のように苔自体がもわーっと空気まで包むような感覚とは違います。
この庭の陽性な開放感とマッチしたあっさりした苔の表情が楽しめると思います。
2020年12月初旬現在、京都市が管理する無鄰菴は日時指定の事前予約制をとっています。
おかげで、といったらとても不謹慎なのですけど、東山を含めて表情豊かなこの時季、ゆったりと散策することができました。