「バルタザールどこへ行く」(ロベール・ブレッソン)

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バルタザールどこへ行く (1966 スウェーデン/フランス)
 
 配給: コピアポア・フィルム lesfugitives

 出演: アンヌ・ヴィアゼムスキー、フランソワ・ラファルジュ、
 フィリップ・アスラン、ナタリー・ジョワイヨー、ヴァルター・グリーン、
 ジャン=クロード・ギルベール、ピエール・クロソウスキー
 撮影: ギラン・クロケ
 美術: ピエール・シャルポニエ
 脚本・監督: ロベール・ブレッソン

 

ベートーヴェンの音楽には目標がある。シューベルトの音楽には目標がない。」

こんな趣旨で、ピアニストのヴァレリー・アファナシエフが語っていたことを思い出しました。もちろん、シューベルトを貶しているわけではまったくありません。その演奏の難しさについて述べたもの。

 

この映画はブレッソンらしく極端にサウンド・トラックが研ぎ澄まされています。
ほとんど唯一、背景で奏でられる音楽はシューベルトのピアノ・ソナタ イ長調 D959の第2楽章。作曲家、最後から2番目のソナタ
とてもメロディアスな音楽なのですが、この曲には、何かに向かっていくという方向性は感じられません。
アファナシエフがいうように、たしかに目標も目的もない。
終わりのないゆったりとした歩みの世界が続く音楽。
しかしどこかに「憧れ」のような甘美さも感じられます。

 

4Kリマスタリングされた「バルタザールどこへ行く」(AU HASARD BALTHAZAR)が公開されたので観てきました。
ギラン・クロケによるモノクロ映像はどこをとっても一枚のアート写真として成立しそうなくらい無駄がなく美しい。
古いガラス窓の歪んだ表面。屈折して透過された光景の様子まで判別することができます。
時折映し出されるバルタザールの瞳。そこに反射する光がロバの憂いや恐れ、変化に富んだ表情を語り出す。
舞台となった農村と山々が織りなす白と黒の格調高いグラデーション。
高解像度化を寿ぎたいと思います。

 

終始、翳を含んだようなアンヌ・ヴィアゼムスキーの表情が印象的で、それがこの映画のアイコンのようになっていますが、彼女が演じたマリーは、ロバのバルタザールに比べれば随分と刹那的存在。
マリーはこの映画の「顔」では、実は、ありません。

ただ、成り行き任せに生きるしかないバルタザールが、唯一、幸福な表情を見せるのは苛烈な農作業から解放されてマリーと再開した後、彼女と頬をすり合わせるシーン。
相思相愛と揶揄されても不思議ではない、安らかになつくロバの仕草。

でもマリーは、田舎不良青年のジェラールとその仲間達がバルタザールを虐待する光景を目にしても、見て見ぬふり。マリーのロバへの愛情は、おそらくロバのマリーへの愛よりかなり薄味であることが判明します。

 

バルタザールよりひょっとすると不器用な人たちが次々と描かれていきます。

マリーの父はどうやら教育者のようなのですが、厳格なまでのプライド保持者で、意地を張った挙句に裁判で負け、財産を失ってしまう。
辱めを受けたマリーの姿にショックを受けた後はあっけなく昇天。

アル中で浮浪者同然のアルノルドは叔父の遺産が入ったというのにジェラールの仕組んだバカ騒ぎに巻き込まれ、帰り道、バルタザールの背中から落ちてお亡くなりに。

マリーの幼馴染で本来は彼女を救う役回りであるはずのジャックはまるでモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」に出てくるドン・オッターヴィオのように、人が良いだけの無力な青年。思い切ってのプロポーズも結局マリーを悲劇に追い込むだけの顛末を招くことになります。

不良のジェラールを雇ったパン屋の女主人。
店の金をくすねるジェラールを見逃し、ポータブルラジオやオートバイまで買い与える。
この人は「ラルジャン」にでてくる老女と同系の人で、まるで善悪の彼岸から男を見ているかのよう。でも結局はジェラールに裏切られることになります。

 

本来、知性の塊であるはずのクロソウスキーがマリーを金で買う、いかにも酷薄な中年男を演じています。彼が「金」の意味を語るところは、「ラルジャン」への長い伏線のよう。
演じているというより実はこれが彼の素ではないかと思えるほどのハマり役。
ブレッソンの人選芸は見事という他ありません。

 

ロバは愚鈍の象徴。
周囲の善意悪意に翻弄されていくしかない存在。邦題のように「どこへ行く」ことも、本来はままならない。
しかし、バルタザールには、おそらく、マリーに頬擦りされた幸福な記憶だけは残っていたのではないか。
目標はないけれど憧れはあった。
シューベルトの音楽のように。
バルタザールは最後、無数の羊たちに看取られるように死んでいきます。
羊は善なるものの象徴です。

 

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