パラジャーノフ「火の馬」

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「火の馬」 (1964年 ソ連)

 配給: パンドラ

 出演: イワン・ミコライチューク、ラリーサ・力ードチニコワ、タチヤーナ・ベスタエワ 他
 脚本: イワン・チェンディ
 撮影: ユーリー・イリエンコ
 監督・脚本: セルゲイ・パラジャーノフ

冒頭、教会前の縁日広場のようなところで奏でられる口琴のビヨーンとした音。
異様に長い竹筒のような木製の角笛から放たれるブワーンと腹に届くような響き。

まさにパラジャーノフ音響の世界が広がり期待が高まりますが、「ざくろの色」以降の作品を観てしまった後にはひどく真っ当な民話恋愛映画にもみえてしまう。
しかし、カラパチアの山谷で繰り広げられるこの濃厚、濃密な悲恋劇は、やはりどこか異世界を見ているような感覚に時々襲われる点で、紛れもなくパラジャーノフ、ともいえると思います。

主人公をとにかく彷徨させるのが趣味のような監督。
昔からの因縁によって結婚を妨げられ、出稼ぎの放浪にでるイワンは、後年の「アシク・ケリブ」とほぼ重なる境遇。
ざくろの色」にしても「スラム砦の伝説」にしても、主人公がさまざまな場所をさまようことで次々と世界そのものが移ろっていく。
パラジャーノフ映画に首尾一貫して共通する要素。

ただ「火の馬」では彷徨自体がテーマではなく、あくまでもイワンとマリーチュカの悲恋が主題。
ざくろの色」以降からは想像もつかないくらい、明確にストーリーが展開していくので、正直、やや「普通」にみえてきて、ときに退屈もしてしまう。

俄然、後期パラジャーノフ色が濃くなるのはかなり終盤に至ってから。
「呪術師」と題された場面がはじまると、突如、作風が後年寄りになってくるように感じます。

居酒屋でイワンの妻と公然といちゃつく呪術師。
それを引き離そうとするイワンの友人。
お構いなしに酒場で盛り上がる周囲の人々。
これらがクルクルと猥雑かつ様式性を持って渾然一体化していく様。
ブーブーと奏でられる民族楽器の忌まわしい音響がさらに眩惑を助長し、悪夢のような饗宴が繰り広げられていく。

呪術師との斧による喧嘩に負けた後、水妖怪となったマリーチュカに川へ引き込まれ絶命するイワン。
そしてその古儀にしてヴァナキュラーな暗闇に満ちた葬式。
死者をのせた台座が不気味にうごめく。

このあたりになるともう「ざくろ」の世界が間近に迫っています。

 

ソ連国外でも高い評価を受けながら、とても宗教色が強いゆえにソビエト当局から警戒され、結果的にパラジャーノフが目をつけられることになってしまった作品。
でもこの監督はそれをまるで梃子として使い、「ざくろの色」の世界を開陳することになります。

さて、この映画で、久しぶりに口琴の響きを堪能しました。
口琴パラジャーノフ専属ではなく、世界各地に広がる比較的ポピュラーな民族楽器。
いや、民族楽器というより、ウィーン古典派の作曲家ヨハン・アドルフ・アルブレヒツベルガーがこの楽器のために協奏曲も作っていたりするので、ある意味古典的な楽器の一つといえなくもありません。
音量が小さく奏者も限られていると思われますから、実演でこの協奏曲を聴くことはできないでしょうけれど、録音ではそのなんともおかしい響きを楽しむことができます。


口腔によって響きと音階を作る。息遣いそのものを映像美にかえるかのようなパラジャーノフにぴったりの楽器。

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