領主ヘルマン: アルベルト・ドーメン
タンホイザー: ロバート・ディーン・スミス
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ: クリスティアン・ゲルハーヘル
ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ: ペーター・ゾーン
ビテロルフ: ヴィルヘルム・シュヴィングハンマー
ハイリヒ・デア・シュライバー: マイケル・マカウン
ラインマル・フォン・ツヴェター: マルティン・スネル
エリーザベト: ニーナ・ステンメ
ヴェーヌス: マリーナ・プルデンスカヤ
若い羊飼い: ビアンカ・ライム
ベルリン放送交響楽団・合唱団
指揮: マレク・ヤノフスキ
(Pentatone Classics PTC 5186 405 SACDハイブリッド )
2013年のワーグナー生誕200年にあわせて企画された、ヤノフスキとベルリン放送響による主要作品全曲録音シリーズの中の一組です。
歌手の水準の高さ等をみるとこのタンホイザーに最大の成果が現れているように感じます。
2012年5月、ベルリンのフィルハーモニーで行われた演奏会形式公演のライヴ収録。
当初からSACDでのリリースを予定していたとみられ、ライヴとはいえ、会場のノイズはほとんど聴き取れず、オケ、歌手共にセッション録音級の明瞭度でとらえれています。
余計な味付けを嫌うヤノフスキらしいモダンなワーグナー。
特に1,2幕は「舞台」というより「演奏会」の美観をかなり優先しているところがあり、歌手陣の表現も抑制気味と感じます。
オペラティックな高揚感よりも器楽的なバランスの良い響きがとても心地よいタンホイザー。
ドレスデン版なので、ヴェーヌスベルクのバッカナール的華やかな官能世界は余計後退。
辛口の味わいで聴かせる演奏と言えるでしょうか。
しかし、第3幕になると俄然、劇的な指揮ぶりが聴こえるようになります。
中低音の厚みのある響きを強調しつつ、ヴォルフラムの憧憬、タンホイザーの絶望、苦悩を象っていく。
「夕星の歌」「ローマ語り」前後がこのディスク最大の聞きどころかと思います。
ディーン・スミスは3幕で熱くなってくるヤノフスキのタクトにあわせるかのように尻上がりに調子をあげていて、端正な語り口に苦悶の色を加えていきます。
歌手陣の中でとびきりの美声を披露しているのがゲルハーヘル。
ときにディーン・スミスよりも軽やかになるくらいリリックなので、両者の対比がつきにくいくらい。
当然のごとく「夕星の歌」が絶品です。
ドーメンのヘルマンも重みより上品さが優先されているので、男声3者が同形にまとまりすぎる点があって、それが1,2幕での劇性の抑制にもつながっているのですが、ヤノフスキのつくりあげる音楽観と見事に合致しているともいえ、非常にハイレベルなアンサンブルを構築しています。
2幕で一人ドラマティックに舞台を牽引するのがエリーザベトのステンメです。
ヴェーヌスベルクに浸っていたタンホイザーを満座の群衆が非難する中、それを食い止めようと放つ一声。空気を切り裂くように鋭いフォルテ。
ヒロインとはいえこの作品では出番が限られていますから遠慮なく全力歌唱で応じている感じ。
ヴェーヌスのプルデンスカヤはちょっと暗めの声質がよくこの地下の女王にマッチ。
過度にエロティックな表情付けをしていないところも全体とのバランスがとれています。
ヤノフスキがシェフをつとめていた頃のベルリン放送響。
余計な色彩を抑えつつ整理の行き届いたアンサンブル。
ピットの中では達成できない高い完成度でタクトに応えています。
それと合唱団の透明感十分のハーモニーと明瞭な発音も素晴らしい。
派手さはありません。でもこのオペラのディスクにおけるレファレンス的な演奏としてとても価値が高い一組だと思います。