初めての「ゴッホ展」とルドン、そしてトーロップ

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ゴッホ展 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント

■2021年9月18日〜12月12日
東京都美術館

 

とにかく混雑するので敬遠してきた数々の「ゴッホ展」。

今回はコロナの影響で事前予約制となったため意を決して出かけてみました。

ゴッホ展」と名がついた展覧会に入るのはおそらく生まれて初めての経験です。

www.artagenda.jp

 

入場制限による行列はさすがにありませんでした。

それでも昨今の展覧会の中ではかなりの混雑(平日午後・緊急事態宣言解除後)。

このところの閑散とした会場に慣れていたこともあって、久しぶりの人口密度にややストレスを感じはしましたが、コロナ前のブロックバスター展で感じた息苦しくなるような密集状態はなかったように思います。

 

この3年あまり、ゴッホは毎年、上野に現れています。

2019年、上野の森美術館での「ゴッホ展」(未鑑賞)からまだ2年しかたっていません。

昨年は国立西洋美術館で開催されたロンドン・ナショナル・ギャラリー展の「ひまわり」初来日が話題となりました。

 

"ゴッホ・コレクションの殿堂、クレラー=ミュラー美術館展"と銘打たれた展覧会は全国で90年代からほぼ4,5年おきに開催されています。

これほど「ゴッホ展」が多い国も珍しいのではないかと想像します。

 

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京都府立陶板名画の庭にある「夜のプロヴァンスの田舎道」

「麦束のある月の出の風景」や「夜のプロヴァンスの田舎道」といったゴッホ最晩年期の有名作もみられますが、今回来日している作品は色調の暗いオランダ時代に描かれたものが多いように思えます。

ファン・ゴッホ美術館にあるオランダ時代の代表作「ジャガイモを食べる人々」のリトグラフバージョンをはじめ、いかにも土臭い作品がずらりと並んでいます。

 

ただ、これではやや顔ぶれが地味すぎると考えたのか、クレラー=ミュラー美術館だけではなく、ファン・ゴッホ美術館から「黄色い家」などの数点を別に取り寄せ、会場出口近くにコーナーを設営。

それなりに「色彩のゴッホ」で満足感を与えて観客を送り出そうという趣向がとられています。

 

とにかくゴッホのコレクションで有名なクレラー=ミュラー美術館ですが、ゴッホ以外にも多数の近代絵画を所蔵していることでも知られています。

スーラやシニャックモンドリアン、ブラックなどの優品がゴッホ特集の前にまとめて展示されていました。

いかにもゴッホのおまけという感じが残念とはいえ、いずれも質の高い名作揃いです。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/be/Odilon_Redon_-_The_Cyclops%2C_c._1914.jpg?uselang=ja

 

中でも今回は、ルドンの大傑作「キュクロプス」が来日しています。

実はゴッホよりもこちらを目当てに出かけたようなものです。

図録の解説によると、クレラー=ミュラー美術館の創設者、へレーネ・クレラー=ミュラーは当初、「あまりに現実離れした神話の場面に」、「不快感を抱いた」のだそうです。

しかし、次第にルドンの魅力に開眼しコレクションを充実させていきます。

クレラー=ミュラー美術館のサイトをみると木炭画やリトグラフ類に加えて、「カミーユ・ルドンの肖像」など、色彩時代に入ったルドンの作品を多数確認することができます。

ヘレーネが「キュクロプス」をオークションで購入したのは1922年。

描かれた1914年からまだ10年も経っていません。

 

へレーネにルドンを熱心に勧めたのがコレクションの指南役、ヘンク・ブレマーです。

この人とヘレーネの出会いがなければクレラー=ミュラー美術館のコレクションは誕生しなかったといっても良い人。

しかし、ファンタン=ラトゥールをゴッホより贔屓にしようとしたへレーネに対してその軌道を修正するよう説得してしまうなど、ブレマーのゴッホ・バイアスはやや度を超えたところがあったようです。

この美術館を有名にしたのは他ならぬゴッホ・コレクションですが、これは嫌味な言い方をすれば、やや歪なブレマーの好みあってのこととも解釈できます。

実際展示されているファンタン=ラトゥールの「静物」が醸し出す気品と陰翳深さをみると、ブレマーという人の功罪をちょっと考えてしまいました。

 

クレラー=ミュラーにはヤン・トーロップのまとまったコレクションもあります。

今回は点描風の「版画愛好家(アーヒディウス・ティメルマン博士)」が紹介されていました。

 

トーロップは、非常に作風が揺れた画家でもあります。

他にこの美術館が有するトーロップ作品では「宿命」が有名かもしれません(これは来ていません)。

この不気味な絵画はサイモン・ラトルバーミンガム市響と録音したマーラー交響曲第6番のジャケ絵として採用されたことでも知られていて、点描とは無縁の世紀末象徴主義の作品です。

 

実はラトルのマーラーでジャケットに使われた絵画そのものがトーロップの作品とは別に来日しています。

ヨハン・トルン・プリッケルの「花嫁」です。

これは第1交響曲のCDで、その一部分が使われています。

「花の章」を含む録音として話題になりましたが、ジャケット絵もそれに因んだ絵画が採用された、ということでしょうか。

装飾性と象徴性を融合させたような神秘的魅力をたたえた傑作だと思います。

 

 

その他、美術館建設にも関わったヴァン・ド・ヴェルドやアンソールなど、ベルギー系の魅力的な画家も揃っています。

ゴッホが混ざると混雑してしまうので、一度、「クレラー=ミュラー美術館展 ただしゴッホを除く」、あるいは「ゴッホのいないクレラー=ミュラー美術館」とでも題して完全な「ゴッホ抜き」展覧会を企画してもらいたいものです。

 

krollermuller.nl