大山崎の和巧絶佳展 

 

 

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開館25周年記念「和巧絶佳展 - 令和時代の超工芸」

 ■2021年9月18日〜12月5日
 ■アサヒビール大山崎山荘美術館

 

昨年7月から9月にかけてパナソニック留美術館で開催された「和巧絶佳」展が、みやざきアートセンターでの展示を経て、京都・大山崎山荘美術館に巡回してきました。
汐留での内容があまりにも素晴らしかったので、再鑑賞に至りました。

 

パナソニック留美術館の岩井美恵子学芸員によれば、もともとこの展覧会は東京オリンピックパラリンピックを意識した企画だったのだそうです。
今の日本におけるとびきり鮮鋭な工芸家たちの技を内外に披露する、そうした目的意識がこめられていたということでしょう。
しかし結局2020年、汐留で本展が開催された当時、オリンピックは延期されていました。
会場でも特に五輪との関係を意識させるような説明はなかったと記憶しています。

他方、ほぼ同時期となる2020年秋、東京国立博物館表慶館で「工藝2020」展が開催されました。
こちらもオリパラと関連していた特別展。
文化庁等が共催した五輪連動のプロジェクト「日本博」の一環として開催されていたからです。
日本工芸界を代表する大家たちの作品がずらりと並んだレベルの高い展覧会ではありました。

「和巧絶佳」と「工藝2020」。
両方とも東京オリンピックを起因として企画され、ほぼ同時期に開催された日本人作家のみを対象とした工芸展。
しかし、感銘度は前者が大きく上回りました。

「工藝2020」は一つ一つの作品は素晴らしいものの、全体としての印象はかなり散漫だった記憶があります。
何を基準にして展示品が選定されているのか、さっぱりわからなかったからです。
まるで大作家作品による工芸品見本市。
値札でもつけて展示してくれた方がよほど楽しいのではないかと思ったくらいです。

一方、「和巧絶佳」には明確な基準がありました。
1970年以降に生まれた作家に焦点を絞った上で、日本の工芸が自ずから纏ってしまってきた既存の枠組みに囚われない、極めて先鋭なセンスと技法を持った人たちばかりで構成されています。

舘鼻則孝、桑田卓郎、池田晃将、深堀隆介山本茜、見附正康、新里明士、安達大悟、坂井直樹、佐合道子、橋本千毅。

12人の作家たちが生み出した作品群が、それぞれに強烈な独自の世界を造りあげつつも、全体としては、まさに同時代を生きている感性が横溢しています。

 

手法も技巧もセンスも全く異なっているのに、どの作家からも伝わってくる生々しい同時代性。
それが「和巧絶佳」展で最も強く感銘を受けたところ。
総花的な大家主義の「工藝2020」展からはほとんど感じ取れなかった要素です。

 

といって、12名の作家に具体的な共通した要素が明確にあったわけではありません。
ただ、抽象的な印象でいえば、とても良い意味でフェティッシュな感覚がどの作家からも伝わってきたということでしょうか。

 

端的な例では舘鼻則孝
花魁の装束にヒントを得たというシューズは、極端に高く造られた靴底に隠された足そのものが、逆に強烈な存在感を浮き立たせてきます。
悪趣味な私はすぐ「現代の纏足シューズ」と思ったりもしてしまったわけですが、びっしりとカラフルな素材で装飾された靴からは、通俗的なエロティシズムを超越した挑発的な美を感じます。

 

扱う素材は各作家全く異なりますが、鉄なりガラスなりテキスタイルなり、徹底してその素材と向き合い、人工の限りを尽くすという姿勢は共通していて、そこに「自然を活かす」とか、「素材本来の味を楽しむ」といったような中高年趣味の生ぬるさはありません。
どの作品からも、素材が徹底的な技巧に照射され、異様に研ぎ澄まされた美が放たれているように感じます。

 

会場がパナソニック留美術館からアサヒビール大山崎山荘美術館に変わったことで、結構変化がありました。

まず会場の制約からか、展示作品が汐留の時より結構数を減らされてしまったことは残念。
広さという点では汐留より大山崎山荘の方が余裕がありそうなのに、意外な展開。

安藤忠雄設計によるモネの睡蓮等が飾られた別館「地中館」では「和巧絶佳」展の作品が全く陳列されていませんでしたが、こちらこそむしろ現代工芸の美しさが映えたのでは無いでしょうか。
スペースの使い方に改善の余地があったように感じます。

 

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汐留と山崎で、一番印象が変わったのが、見附正康の大皿です。
汐留では冷たい照明が、彼独特の幾何学美を容赦無く際立てていたのですが、全て自然光で照らされた大山崎山荘ホール内の陳列では、幾何学文様の線一本一本がちゃんと人の手で描かれたものであることがよくわかる。
超絶技巧で描かれた赤い線描が柔らかい光の中で不思議なあたたかみを帯びていました。
単に見せるだけの器ではなく、使われることを前提として作製されたことが伝わる展示でした。

 

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使ってみたい、と思わせる作品としては、新里明士の皿と、坂井直樹の鉄瓶。
細部をフェティッシュに主張する作家が多い中で、この二人は、仕事の細かさはとんでもなく高いレベルなのですが、出来上がった品々にはシンプルな静謐感が漂います。
工芸品が単なるオブジェと一線を画するところは、作品と鑑賞者の「手」、その距離の短さだと思います。
そういう意味で、実際に使うかどうかは別にして、「使ってみたい」と思わせるかたちはそれだけでたいそう魅力を感じます。

 

なお、汐留では撮影OKでしたが、山崎は禁止です。
画像は昨年、パナソニック留美術館内で撮影したものです。

 

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www.asahibeer-oyamazaki.com