ピエロ・ディ・コジモ「狩りの場面」

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メトロポリタン美術館展 西洋絵画の500年

■2021年11月13日〜2022年1月16日
大阪市立美術館

 

おそらく今年度最大の西洋美術系ブロックバスター企画、メトロポリタン美術館展が始まりました。
まず天王寺大阪市立美術館、来年初春には乃木坂の国立新美術館に巡回します。

www.osaka-art-museum.jp

 

本来、コロナ禍でよかったことなど何もないと言い切るべきなのでしょうけれど、美術展、特に大規模特別展に関して言えば予約制と入場制限のおかげで比較的快適に鑑賞できるようになったと感じます。
以前ならまず避けていたこの手のブロックバスター展も、不謹慎とは自覚しつつもコロナ以後暇なこともあり、しばしば足を運ぶようになりました。
実際、昨年のロンドン・ナショナル・ギャラリー展などは「客寄せゴッホのひまわり」があったにもかかわらず上野の国立西洋美術館内はかなり静かでした。

とはいえ、本展ではフェルメールが混ざっていたりするので、閑散となるわけはなく、それなりに混雑しています。
でも、かなりゆったりと作品間隔がとられていることもあってか、人流の潮目を読めば一枚一枚、しっかり鑑賞できると思います。

副題の「西洋美術の500年」に誇張はありません。
15世紀のフラ・アンジェリコにはじまり、20世紀のモネまで。
ほぼ一画家、一枚の割合で65点。
2枚作品が展示されているのはクールベルノワールセザンヌ、モネくらいでしょうか。
その一人一人が美術史に名を大きく刻む大家ばかりです。
ブーシェ、ヴァトー、フラゴナールの傑作三枚をひと続きに展示するなど、メトらしい贅沢な構成もみられます。

クライマックスは「絶対主義と啓蒙主義の時代」と題された第2章でしょう。
カラヴァッジオフェルメールが向かい合って展示されています。
これにルーベンスレンブラントが組み合わされ、ベラスケスが添え物のように扱われているという、目も眩むような豪華さです。

 

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しかし、今回最も感銘を受けた作品はメトの中ではどちらかというと地味な画家の作品。
ピエロ・ディ・コジモによる「狩りの場面」でした。

1462年に生まれ1522年に亡くなったフィレンツェの人です。
コジモといってもメディチ家とは関係なく、師匠となった画家の名に因んだ通称です。
(本名はピエロ・ディ・ロレンツォ・ディ・ピエロ・ダントニオ)。


「狩の場面」は縦が約70センチ、横が約170センチの板絵。
さほど大きな絵ではないのですが、横一面に描かれた異形の様相に圧倒されます。
いつの時代の、何を表現しているのか、よくわかりません。
画面の奥にはどうやら火災を起こしている森。
左には逃げ惑う動物たち。
右からは棍棒のようなものを担いだ半獣人の二人組が迫ります。
そして中央あたりには熊に噛み付くライオンらしい動物と、その尻尾を捉えた人間、さらに木の棒を振り上げてライオンにとどめを刺そうとするサテュロス

幾重にも攻防が織り込まれていて、加害と被害が螺旋のようにめぐります。

一人仰向けに死んでいる人が見えますが、生きている者は人間、獣人関係なく誰一人として暴力に加担していない者はおらず、それぞれの表情からは殺戮に興じているようにもとれるおぞましさが滲みます。

 

https://images.metmuseum.org/CRDImages/ep/original/DP-19296-001.jpg

 

これは何かの寓意なのでしょうか。

パノフスキーが『イコロジー研究』の中でこの絵画にちゃんと分析を加えていて、ルクレティウスの書物にこの光景を記した一文があるのだそうです。
といわれてもやっぱり何がなんだかわからない絵ではあります。
とにかく不気味に妖しい一枚で、しばらく絵の前から動けなくなってしまいました。

何の目的で、どこに飾られたのか。
それもよくわかっていません。

ヴァザーリは『美術家列伝』でピエロ・ディ・コジモを取り上げ、「人というより獣のような暮らしぶり」とその変人ぶりを伝えています。
しかし、細部の見事な描写や喩えようもなく複雑に描かれた人物の表情などを見ると無頼のホームレス画人というより、繊細な技術と感覚を持った幻視画家というイメージが浮かびます。

なお、ピエロがおそらく影響を受けたという、ネーデルラントの画家、ヒューホ・ファン・デル・フースの作品「男性の肖像」も展示されています。
こちらはリアリズムの結晶のような肖像画なのですが、どこか異様な存在感が漂ってくる気配があり、この絵にも非常に惹かれました。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/14/Portrait_of_a_Man_MET_DP347299.jpg

 

メトロポリタン美術館の現館長、マックス・ホラインは、「狩の場面」が銀行家ロバート・ゴードンによって、美術館開館(1872年)から間もない1875年に寄贈されたことを誇らしく語っています。
ニューヨークの人たちの好みは、決して画一的なものではなく、ピエロ・ディ・コジモのようなエキセントリックな画家を受け入れる気風を持っていた、と。
現在メトロポリタン美術館ではヨーロッパ絵画コーナーの改修を行っていて、作品展示が絞られることから改修期間中の海外出張展企画に至ったようです。
結果的に今回の特別展はまさに泰西名画顔見世興行のようになってしまい、中にはちょっと通俗臭が漂う作品などもあったりします。
しかし元来ここのコレクションはあらゆる分野に及んでいて、極端な例ですが、舘鼻則孝の「ヒールレスシューズ」のように現代日本のフェティッシュ工芸も含まれています。
ホライン館長が誇る「ロバート・ゴードンの眼」がまだ生きているのかもしれません。

ルノワールの少女やマネの少年のように、いかにも善良なニューヨーク市民たちが好んだ図像とは真逆の、エグ味が効いた作品をも呑み込む蒐集の力がMETの魅力です。

今回の展示では、そんなエグ味の塊のようなピエロ・ディ・コジモの作品が飛び抜けて面白い一枚でした。

 

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