東京国立博物館で開催された特別展「最澄と天台宗のすべて」(2021年10月12日〜11月21日)。
滅多に見ることができない非常にレアな仏像が展示されていました。
日野、法界寺の本堂である薬師堂に安置されている薬師如来立像(重文)。
秘仏です。
前回特別公開されたのは2016年。
それも半世紀ぶりのことだったそうです。
その折は堂内厨子に納められた状態での公開。
全体像を拝観することはできず、しかも像が置かれている場所の関係から半身、側面のみを見ることができたのだとか。
5年ぶりの公開となる今回の東博展では独立型ケースによる展示。
360度、近接してこの秘仏をじっくり鑑賞することができました。
目をみはりました。
繊細な截金が部分的にではありますが鮮やかに残っています。
木目も生々しく、約1000年以上前の仏像とはにわかに信じられない状態の良さ。
極薄の金箔がそれ自体奇跡のように如来の衣服に貼り付いてうっすらとした光を纏わせています。
正面右手あたりにも比較的よく文様を見ることができますが、截金の美は主に仏の背中にあります。
長らく秘仏とされていたことで外気等による損傷を受けにくかったため、平安截金師の技が今に伝ったということでしょう。
仮にこの秘仏が今後法界寺本堂内で再度公開されたとしても、360度、ぐるりと拝観することはおそらくできません。
つまり今回の展示は非常に貴重な鑑賞機会だったということになります。
サクラの木から彫り出された像の高さは約90センチ。
展示位置は截金文様がよくわかるような高さに調整されていました。
11世紀初め頃の作とされています。
弘仁期彫像のような重量感はなく、自然体を意識した簡素ともいえるプロポーション。
顔の表情も如来仏の崇高さや威厳、神秘性をほとんど強調しておらず、独特の親しみやすさを感じさせる雰囲気をたたえています。
延暦寺根本中堂内にあるとされる特級秘仏、最澄自作の薬師如来像に近いと推測されているこの像。
その表情から様式性がほとんど感じられないということは、プロの仏師ではない人物によって創造された造形とも考えられるわけで、最澄作の写しという論には説得力があります。
ただ、截金装飾についてはあきらかに高度な技術を持ったプロの仕事で、このあたりは最澄オリジナルとどういう関係にあるのか、興味が尽きないところです。
さて日野の法界寺といえば、なんといっても巨大な定朝様の阿弥陀如来坐像と、それを安置する鎌倉時代の傑作建築、阿弥陀堂が現在では主役。
共に国宝です。
しかし、この寺の始源は、1051(永承6)年、藤原資業が建造した薬師堂にあるわけで、本来の主役はこの薬師如来立像ということになります。
法界寺近くにあるバス停の名も「日野薬師」。
美術の知識でこの寺をみると、なぜ「日野阿弥陀」ではないのかと疑問を感じていましたが、今回東博で薬師如来秘仏像を初めて鑑賞し得心しました。
この寺はやはり日野薬師だったのだと。
法界寺は真言宗に属する寺院です。
他宗である「天台宗のすべて」と題された展覧会に、寺内でも全身をみせなかったという大切な秘仏を、変な言い方ですが、今回100%開示するに至ったのは、最澄が刻んだ小さい仏像をその身に納めていたというこの薬師如来立像の出陳にこだわった主催者の力が大きいと思われます。
(
なお図録の解説によれば、現在、薬師如来立像内に納められている仏像は最澄作のものではないそうです)
「最澄と天台宗のすべて」展は来年4月、京都国立博物館に巡回します。
薬師如来立像、その全身と截金の美を鑑賞できる機会がようやく法界寺のある京都で実現することになります。