■2021年9月18日〜12月12日
■MIHO MUSEUM
室町から大正まで、90点を超える日本画が展観されています。
ミネアポリス美術館は現在約9500点もの日本美術作品を所蔵。
特に近年、日本美術関連の収蔵品を急増させていて、アメリカにおけるこの種のコレクションとしては有数の規模に達しているそうです。
しばしば開催されるボストン美術館のいわゆる「日本美術里帰り展」に対し、ミネアポリス美術館館蔵品のみによる大規模な日本画特集は珍しく貴重な機会といえるのではないでしょうか。
展覧会のポスターでは写楽の大首絵が大きく使われているので浮世絵中心の展示なのかと勘違いしてしまいそうですが、実態はかなり幅広い時代の作品が取り揃えられ、画題も流派も多種多様。
ミホ・ミュージアムでは、想像していたより濃密な絵画空間が展開されていました。
フェノロサや岡倉天心等が関与したボストン美術館のいわば正調的日本美術コレクションに比べると、1915年開館のミネアポリス美術館のそれはアメリカ人コレクターたちの雑多な個人的趣味に基づいた蒐集が結果的に積み重なって成立しているようにみえます。
しかしその成り立ち過程が、よくありがちな浮世絵等に偏重することなく、かといって、ジョー・プライスのように個人的趣味に特化することもない、バラエティに富んだ独特のコレクション形成につながっているように思えます。
国宝級の逸品が少ないかわりに、思いがけない作品と次々出くわすスリリングな面白さがありました。
展覧会の冒頭には、雪村の大屏風が展示されていました。
水墨画なのに妙に騒々しく感じられます。
達観された静寂とは真逆の切れ味鋭い個性的な図像が画面一杯に繰り広げらています。
中でも画面中央で浮沈する二匹の鯉。
餌を奪い合っているのか、睦み合っているのか。
近世障屏画の名品も揃っています。
「武蔵野図」といえばこの展覧会の東京会場となったサントリー美術館の見事な屏風等が有名ですが、ミネアポリスにも優れた作例が残されています。
サントリー美術館のそれと比較すると、緑青をふんだんに使った地面部分の割合がかなり広く取られ、武蔵野の茫漠さを表現するよりも複雑な曲線美が強調されています。
薄を背景に描かれた秋草は絵画というより工芸的な造形美をもっていて繊細にして優美。
水平線を強調し富士山を図柄として取り込むことが多い定型化された武蔵野図以前の様式を伝えているとされています。
ボストン美術館ほど露骨に日本から「流出」した作品が多い印象はありません。
それでも本来あった場所から摘出されてしまった作品が確認できます。
妙心寺塔頭、天祥院の方丈をかつて飾っていた襖絵「群仙図」は京狩野二代、狩野山雪の筆によるもの。
この反対面が有名な「老梅図」の襖絵で、こちらはメトロポリタン美術館に納まっています(現在天祥院にある「老梅図」はその精巧な複製)。
蕭白ほどの奇抜さはありませんが、この絵の蝦蟇仙人もなかなかにユニークな表情をしています。
参考までに下記が狩野山雪の「老梅図」(メトロポリタン美術館サイトからの画像リンク)です。
2013年、京都国立博物館が主催した「狩野山楽・山雪」展でミネアポリス美術館の「群仙図」とメトロポリタン美術館の「老梅図」が合わせて展示されました。
今回の「群仙図」の里帰りはそれ以来のことと思われます。
曾我蕭白の大型作品も展示されていました。
「群鶴図屏風」六曲一双。
とても素早い筆づかいで表された鶴の様態にはこの絵師独特のキャラクター化が施されていて、思わず笑いが込み上げてきます。
明治以降の近代日本画も何点か展示されています。
その中で群を抜いて異様な迫力を示していた一枚が青木年雄(1854-1912)による「鍾馗鬼共之図」です。
名前を聞いたことがない画家でした。
1880年代頃渡米し西海岸で活躍したという横浜出身の移民画家なのだそうです。
つまりこの作品は現地アメリカで描かれたものということになります。
「鍾馗鬼共之図」は縦51センチ、横122センチとそれほど大型の絵ではないのですが、画面内に隙間なくみっしりと異形の鬼たちが跋扈しています。
右下にひときわ巨大な姿で寝そべるのは鬼の天敵、鍾馗さんです。
鍾馗に媚びへつらい歌舞音曲で機嫌をとっている鬼の群れを描いているわけですが、当時の米国人がその意味を理解しながらこの絵を楽しんでいたのかどうか。
当然に説明が必要な画題だったと思われます。
しかし、鍾馗の背景には大きなカーテンのような布が見られ、不自然に横を向いて立つ仏像やら、とってつけたように奥行きを演出する洞窟など、ごった煮のような世界が稠密に描かれ、日本人が見ても実は何がなんだかわからない世界が広がっています。
要するに鍾馗と鬼の関係とか、そういう説明は不要で、新奇な日本風趣味でアメリカ人の眼を驚かせようという青木の拓跋したサービス精神が創造した図像といえそうです。
とはいえ、鍾馗像は平安の昔から異形の道教神として大人気。
青木年雄はこの伝統をちゃんとふまえているともいえます。
今年、奈良国立博物館が開催した「奈良博三昧」展の国宝「辟邪絵」シリーズで登場していた日本最古の鍾馗図をみても、その例えようのない珍奇な姿が印象的でした。
もっとも、鬼を切り裂くその姿はミネアポリスで寝そべる鍾馗さんよりかなり恐ろしいのですが。
サントリー美術館での展示を見逃してしまったので、信楽のミホ・ミュージアム巡回展での鑑賞を予定していました。
しかし今年8月中旬の大雨で美術館に通じる山中の道路に土砂崩れ被害が発生。
長らく石山駅からの帝産バスが不通だったのですが12月上旬にようやく開通。
会期末ギリギリ、すべり込みで鑑賞できました。