鈴木其一の蝉

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重要文化財指定記念特別展 鈴木其一・夏秋渓流図屏風

 ■2021年11月3日〜12月19日
 ■根津美術館

 

根津美術館は、昨年、2020年の晩秋、公益財団法人としての設立80周年を記念して、所蔵する国宝や重要文化財を一気に展示するという豪勢な特別展を開催しました。

鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」も、まさにこの年、新たに重要文化財に指定された作品として同展のなかで披露されています。

今回の特別展ではその「夏秋渓流図屏風」が主役です。
というか、驚くべきことに、全35点で構成された本展のなかで、根津美術館所蔵品はこの屏風一点のみ。
他は個人コレクション、東博板橋区立美術館細見美術館などからの借り受け品です。

自ら琳派の名品を多数蔵する根津美術館が、あえてそれらを切り捨て、徹底して「夏秋渓流図屏風」一点のみの魅力と秘密に迫まろうと構成された展覧会。
非常にユニークかつ、ある意味スリリングな企画となっていました。

2019(平成31)年春、都美術館で開催された「奇想の系譜展」で、「夏秋渓流図屏風」は其一の代表作として取り上げられていました。
そもそもこの屏風は「奇想の系譜展」の顧問をつとめた辻惟雄が、1977(昭和52)年、『国華』誌上で、はじめて当時の美術界にその存在価値を知らしめた作品とされています。
鈴木其一が、江戸琳派における酒井抱一の後継者としての顔と同時に、若冲蕭白・蘆雪に連なる近世奇想絵師としての一面をも持つという評価を、広範に一般化したのが平成最後の年に開催されたこの「奇想の系譜展」ではなかったかと思います。

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本展では、「夏秋渓流図屏風」の成立過程を大胆に推理することによって、その画風の秘密に迫ろうとしています。
推論のアウトラインを図録から引用すると以下の通りです。(P.8)

①江戸時代の京都の狩野派・山本素軒の作品で、狩野派大和絵琳派の画風が融合した「花木渓流図屏風」をベースとし、
②関西で激しい川や瀧を見た感動とともに、円山応挙保津川図屏風」の水流の構成を組み合わせ、さらに、
③師・酒井抱一「青楓朱楓図屏風」にうかがわれる十九世紀における光琳理解をはじめとする江戸琳派の画風を加味して成立した。

 

つまり、全体の構図は山本素軒に、特徴的な水流の前景化は円山応挙からヒントを得つつ、酒井抱一から受け継いだ画法でまとめ上げたという推理です。

同じく図録内で野口剛が「鈴木其一・夏秋渓流図屏風ー造形が内包する三つのレイヤー」という論考によってさらに詳しく推察分析を展開していて、彼はこの屏風を「スーパー・ハイブリッド」と評しています。

実際の展覧会では、其一の屏風を、素軒と応挙、抱一の大屏風が取り囲み、それぞれがどのように作用しているのか、推論を裏付けるように展示されていました。
ただ、野口の調査によっても、具体的に其一が素軒や応挙の作品を実見したという記録は見つからなかったそうです。
従って、この推論は野口自身が言っているように「空想」に近いともいえます。

なるほど確かによく似てはいるものの、予定調和的作風にとどまっている山本素軒の「花木渓流図屏風」から其一がこの奇想屏風の着想を得たという推論にはちょっと首肯しにくい感じがします。

でも、応挙の「保津川図屏風」の水流表現にみるインパクトの強さは、もしこれを其一が見ていたとしたら、なにがしかの影響を受けた可能性は否定できないと感じました。

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保津川図屏風」は京都、室町三条に今も店を構える呉服商「千總」の所蔵品です。
16世紀中頃に創業したこの大店がいつから応挙最晩年の大作を所蔵していたのかはわかりませんが、かなり以前から千總・西村家の有名な家宝であったことは間違いなく、実際、明治期には竹内栖鳳がこの屏風を写したりしています。

三条室町といえば近世京都の商業的中心地であり、関西を旅した其一が足を止めたとしても不思議ではありません。
絵師とはいえ、武家である酒井家の一員であった其一に、室町の豪商が自慢の応挙画を披露することも十分、ありえます。

根津美術館の推論はとてもスリリングな空想の愉しみを喚起してくれました。

 

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さて、この屏風から受ける「奇想」さは何に起因しているのでしょうか。

右隻のほぼ中央、太い木に一匹の蝉の姿が確認できます。
美術館の説明板でもこの蝉が「真横」にとまっていることを「異様」と評していましたが、私がさらに、とても奇妙と感じるのはその「大きさ」と「描き方」です。

木と蝉の比率はそんなにおかしな関係ではありません。
しかし、この比率をそのままに、他の景物を見てみると、大小の関係がとんでもなくおかしいことに気が付きます。

地面から生える山百合はまるで別次元から顔を出しているような巨大さ。
他方、手前の水流は蝉と木の比率からみると、その激しくたっぷりとした流れに比して随分と狭いように感じます。
ところが、鮮やかすぎるほどの群青で描かれた水流は、実際には絵の顔を決定するほど強烈な迫力を持って描かれているため、頭と眼がチグハグに反応してしまう。

蝉が博物標本のようにリアルな形状で描かれていることも、周囲に描かれた花木や水流とのアンバランスさを際立たせています。
この蝉の描き方は、プライス・コレクションの「貝図」や出光美術館の「蔬菜群虫図」と通じる其一の透徹した写実力に基づいています。
巨大な山百合や木に点在する苔も同様の手法が採られていますが、一方で、土坡や水流は全く異なる平面的なデザイン性が強調され、描画様式が縦横に混在。
これも観る者に一種異様な感覚を抱かせる一因とみられます。

どうやら鈴木其一の眼は、花木、水流、地面、蝉とそれぞれに、それぞれの美的有り様を捉えているようです。
結果として、統一的遠近感は大きく後退し、代わって個々の景物が個々にその存在を強烈に主張しはじめることになります。
にもかかわらず、全体としての絵画がかろうじて空中分解していないのは、絵師の伝統的文法が遵守され、それを鑑賞者側も了解しているからと言えるのではないでしょうか。

その伝統的文法こそ、根津美術館が推論している山本素軒的構図なのでしょう。
素軒による個別の屏風絵自体に其一が着想を得た、というよりも、素軒屏風にみられるような、一種の作法として受け継がれた狩野派大和絵の語法が、見えない骨格のようなものとして其一の中に浸透し、この奇想絵画「夏秋渓流図屏風」を支えている、そんな風に感じています。

 

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