「奈良らしくない」けど奈良 - 奈良県立美術館の企画力

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奈良県立美術館所蔵名品展  奈良県美から始める展覧会遊覧

■2022年2月5日~3月27日

 

奈良県立美術館の開館は1973(昭和48)年。

来年、開館から50周年を迎えます。


県庁裏にこっそり建つ昭和モダニズムの外観。

開館時からほとんど変更されていないとみられるやや事務的な内装も相まって、いかにも地味な印象の奈良県美。

運営予算も限られていることが推察されます。

しかし、半世紀の間に蓄えられた館蔵品の数々は奥深く、とても渋い魅力を持っていて、今回の大コレクション展でその魅力を全開させています。
(一部の作品について写真撮影OKとなっています)

 

収蔵品のコアとなっているのは主に三人のコレクターによる寄贈品です。

日本画家吉川観方から寄贈された浮世絵などの江戸美術工芸を手始めに、哲学者由良哲次からは古風な東洋・日本美術、さらに実業家大橋嘉一からは「具体」などの現代日本美術作品がもたらされました。

これに美術館独自の収集方針のもと、奈良県安堵町出身の富本憲吉による陶芸コレクション等が加わっています。

 

前期(2月5日〜27日)、後期(3月1日〜27日)とも、この美術館が誇る女性の図像から展示が始まります。

前期は由良哲次から贈られた曾我蕭白の「美人図」、後期は吉川観方が蔵していた「伝淀殿画像」。

特に蕭白の美人図は、昨年話題となった「あやしい絵」展の冒頭を飾った一枚で、今や奈良県美で最も人気が高い作品といえそうな一幅。

さらに「あやしい系」のつながりでみると、長沢芦雪の「幽魂の図」(前期)や、奇妙なリアルさが独特の異様さを醸し出す祇園井特の「美人図」(後期)など、意外な美女コレクションが次々と姿を現します。

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長沢芦雪「幽魂の図」(部分)

奈良県美はこの地で没した不染鉄の代表作を多く収蔵しています。

コレクション展の一枚として選ばれた「秋色山村」は、有名な「山海図絵」ほどの異常な稠密さを持ってはいないものの、幻想と写実が不自然なほど整えられた形式性を帯びて画面に留められていて、一際存在感を放っています。

 

針生一郎も賞賛したという2000点にもおよぶ大橋嘉一の現代日本美術コレクションは、この美術館の他に、国立国際美術館、京都工芸繊維大資料館と、三館に分割して寄贈されています。

奈良県美は一昨年、2020年に「熱い絵画 大橋コレクションに見る戦後日本美術の力」と題した企画展を開催し、三館に別れて収蔵されていた大橋コレクションから選りすぐりの作品を特集展示しました(これは観ていません)。

近年では大橋コレクションの紹介に最も力を入れている美術館となっています。

白髪一雄、田中敦子等、具体を代表するメンバーの優品が揃えられていました。

中でも今中クミ子の《Swirl,Blue and Red》は、彼女のトレードマークともいうべき「同心円」が、執拗にねじれて見る者を幻惑する傑作です(通期展示)。

波田龍起のどこかクレーを思わせるような静謐な作品も素晴らしい。

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白髪一雄「作品」(部分)

昨年暮れ、根津美術館が企画した鈴木其一展では、彼の作品として初めて重文指定された「夏秋渓流図屏風」に焦点があてられていました。

根津美術館のキュレーターは、其一の屏風がもつ圧倒的なほど特異な構図に影響を与えたであろう作品として、京都の呉服商・千總が所有する円山応挙の「保津川図」(重文)をとりあげていたのですが、この応挙晩年の傑作に影響を受けた日本画家がもう一人います。

竹内栖鳳は、まだ彼が幸野楳嶺の下で修行していた明治21年、千總の屏風を借りて応挙の保津川を模写しているのです。

奈良県美はこの栖鳳による応挙画の模写「保津川之図屏風」を蔵しています。

応挙の描いた屏風の右隻のみを写した栖鳳の六曲一隻からは、後年の巨匠的な貫禄が感じられない分、爽快ともいえる素直な美しさが感得できます。

円山四条派の血脈がしっかり受け継がれていったその現場を観るような、生々しい成果物だと思います。

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竹内栖鳳保津川之図」(部分)

奈良県美は東大寺興福寺の境内に囲まれ、付近一帯自体がミュージアムのような場所に立地しています。

一見めぐまれたような環境にみえますが、奈良博も含め、国宝で溢れかえる登大路周辺では、かえってその存在意義が問われる公立施設であり、企画には特に工夫が求められるともいえるわけで、他所にはない運営上の難しさがあるように思えます。

 

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ヨルク・シュマイサー展より

奈良県美はそのあたりの風当たりをよく弁えていて、例えば他館との連携企画についても、「奈良らしさ」を巧に取り入れ、意欲的な企画を繰り出してきました。

例えば、2019年に開催された「ヨルク・シュマイサー展」は、企画の主体をおそらく担った町田市立国際版画美術館の力を借りながら、シュマイサーが好んで描いた奈良の社寺画を呼び水として開催に結びつけていましたし、昨年の「ウィリアム・モリス展」は、モリスに影響を受けた富本憲吉をいわば磁石として活用し、奈良での企画を実らせています。

 

最も奈良らしい場所にあって、その奈良ではなく、それでも「奈良」を意識した企画。
学芸員の皆さんの苦労が偲ばれる美術館です。

 

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ウィリアム・モリス展ポスターと奈良文化会館

ただ、逆に、三人の主要コレクターによる寄贈収蔵品は結果的に奈良を特別意識したものではないこともあり、皮肉なことに奈良県美のコアとなるコレクションそのものを縦横無尽に特集する企画が今まで立てにくかったのではないかと想像します。

今回の大コレクション展は、ひょっとするとコロナで外からの作品を集めにくい環境が影響したのかもしれませんが、開館50周年を前に、奈良県立美術館の底力をあらためて確認できる好企画。

とても素晴らしかったので、前後期、二度足をはこぴました。

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曾我蕭白「美人図」(前期展示)

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淀殿画像(後期展示)

 

www.pref.nara.jp