大覚寺と未生流二代

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春季名宝展「華と大覚寺

 ■2022年3月25日〜5月9日
 ■大覚寺 宝物館

 

大覚寺 大沢池の桜が見頃をむかえています。

コロナで団体客等はまだ少ないだろうと見込み、この時季、いつもは避けている嵐山エリアへ久しぶりに足を運んでみました。

渡月橋天龍寺近辺は結局大混雑でしたが、清涼寺を抜け、大覚寺あたりまで来るとぐっと人の数が減ります。

快適な花見となりました。

 

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大覚寺の宝物館、今季は華道に関係した品々を特集しています。

未生流の二代、未生斎広甫が江戸時代後期、文政年間に大覚寺の花務職に任じられたことから、この寺と近世華道の結びつきが本格化します。

 

現在では非常に多くの家や派に分かれている未生流系の華道ですが、その初代を未生斎一甫(1761-1824)とする点では共通しています。

未生斎広甫(未生齋上田廣甫 1791-1861)は、初代一甫にその才能を見出され、流派の二世として一家を成した人です。

法眼の位まで上がり、大覚寺を拠点に未生流の勢力を広めることに貢献しました。

ただ、現在の大覚寺自体は、二代広甫の活躍と存在の大きさを認めつつも、あくまでも寺が育んだ生け花文化の源流は嵯峨天皇にあるとして「嵯峨御流」を名乗っていますから、未生流とは一定の距離を保っているようにもみえます。

 

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広甫は初代一甫が記した伝書の後を受けて、自身もいくつか重要なテクストを残しています。
今回展示されている『傳書四方之薫』もその中の一冊。

具体的な花の配置等が正確に図示されていて、未生流の特徴であるスタイリッシュに計算された草花のアレンジをみることができます。

 

また今回の名宝展では、広甫自身の手による竹製花入の数々が展示されています。

曲がった竹の形状をそのまま活かしたような、一見利休好み風のスタイルから、あざとくデザイン性を組み込んだものまで7点ほどが陳列されていました。

 

よく見ると結構味わい深い形をしている花入たちなのですが、ただ並んで飾られていても、なんとなく寂しい。

肝心の花が全く生けられていません。
江戸時代の工芸ですから当然そのまま使うことが憚られることは理解できます。

であるならば、現代の花入を使い、嵯峨御流の名師匠が生けた作品をゲスト出品させ、彩りとして広甫の花入と取り合わせるというような工夫はできなかったのか、と欲が出てきます。


しかし、すぐ、ある仕掛けに気が付きました。

未生斎広甫が作った花の無い花入の後方には、狩野山楽大覚寺宸殿内の障壁に描いたとされる桃山晩期の「牡丹図」が展示され、白い大輪を咲かせています。

広甫の手による空の花入は、山楽の花を借景に置かれています。
つまりこれらは「見立て」を意識した展示だったのです。

カラフルな生々しい花が、実際、竹の器に差し込まれて会場のあちこちに置かれていたら、山楽の牡丹がくすんでもしまいます。

なかなか粋な演出でした。
(以上妄想です。実際、そういう意図が大覚寺にあったのかどうかはわかりません)。

 

さらにもっと大きい視点に立つと、「何も生けられていない花入」の意味がわかります。

宝物館を出て、五大堂を抜けると、一気に大沢池の絶景が広がります。

満開の桜が池に枝を張り出しています。

どのように見事に生けた花でも、この絶景には勝てません。

だからこそ、宝物館に展示されていた竹花入には、何も生けられていなかった、ということかもしれません。

 

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