旅スル絵画 ― 住友コレクションの文人画
■2022年3月26日〜5月15日
■泉屋博古館
驚きました。
現在、岡崎の京都国立近代美術館で開催されている文人画特集展( 「サロン!雅と俗-京の大家と知られざる大坂画壇」3月23日~ 5月8日)でつい先日まで展示されていた沈南蘋の名作「雪中遊兎図」が、今度は鹿ケ谷の泉屋博古館で飾られています。
江戸後期の日本絵画に絶大な影響を与えた沈南蘋による大型作品が、まさに兎が飛び跳ねるように目まぐるしく活躍していることになります。
もともとこの大作は泉屋博古館が蔵する自慢の逸品です。
3月23日から4月3日まで、10日間あまりだけ岡崎に貸し出された後、休館日の月曜日1日の間に移動させ4月5日から本家でまた展示。
いくら近所だからといっても、緊密なネゴシエーションがないと成立しない離れ業的な展示スケジュールといえます。
実は、京近美と泉屋博古館は現在開催されている両館の文人画展でタイアップしていて、それぞれの鑑賞チケット半券をもっていると、双方割引になるというお得な企画を実施しています。
京近美の文人サロン展のチケットを提示すると泉屋博古館側の料金は2割引、逆に泉屋博古館のチケットを持って京近美に行くと団体割引料金が適用されます。
まんまと乗せられてしまう連携作戦です。
第15代住友吉左衛門友純(春翠)は、近代の洋風センスを積極的に取り入れた人ですが、一方で中国風の文人趣味にも若い頃からかなり熱中していたことで知られています。
結果、泉屋博古館には数多くの文人芸術が蓄積されることになりました。
推測ですが、京近美が数年にわたって周到に準備を進めていた文人特集企画のどこかの段階で、春翠の文人画コレクションを有する泉屋博古館にも声がかかり、今回の濃密な両館連携につながったのではないかと思われます。
京近美で開催されている「サロン!」展は、質と量の両面で、おそらくこの系統の企画としては前例のないレベルで開催されている大規模特別展です。
これにさらに泉屋博古館がダメおしのように参画しているわけですから、言い方として文人先生たちには絶対怒られそうですが、現在の岡崎・鹿ケ谷界隈はまさに「春の文人画祭り」の様相を呈しています。
大坂画壇の存在を強く意識した京近美の企画展に対し、泉屋博古館では「旅」をキーワードに味付けし、独自の文人画世界を楽しませてくれています。
浦上春琴が描く繊細な山水の色調、日根野対山による柔らかさと情報量を両立させた格調美、田能村直入や岡田半江の破綻を上手に取り込みつつも計算されたデフォルメ術などなど、江戸後期の渋くてちょっと捻りが効いた美意識がどの作品からも新鮮に伝わってきます。
中でも中林竹洞の「赤壁図」はそのユニークさで一際存在感を放っていました。
岩や滝、そして松までもが奇妙なキューブ状の様式感で支配されています。
名古屋で生まれ、京都で活躍した中林竹洞が中国に旅したはずはなく、これは竹洞による完全な空想幻影絵画です。
しかし、若冲・蕭白などのいわゆる奇想系絵師とは全く違う、どこか力が抜けた味わいがあります。
江戸後期絵画の多彩な幻視性に気づかされる一幅といえると思います。
展覧会のタイトル通り、実際に「旅」をトレースした展示もありました。
廻船の実業で活躍していた泉佐野の文人里井浮丘(さとい ふきゅう)が、大坂から京都に旅した往来記録がその日記から再現され、彼が辿った京坂間や京都内のルート図が貴重な資料とともに紹介されています。
なお本展は大半が泉屋博古館所蔵品から構成されていますが、一部、泉佐野市立「歴史館いずみさの」からも出張展示品があり、里井浮丘関連の資料は主にこれによっています。
浮丘は10日間くらいで京と泉佐野を往復しつつ、洛中では多彩な人士と毎日交際して自慢の文人画を見せあったりしています。
合間に永観堂あたりで紅葉見物などと忙しい。
とても10日余りでこなしたとは思えないくらいアクティブな旅の記録です。
どうやらスピーディーに京坂間を往復できた背景には淀川の存在があったようです。
そういえば京近美の文人サロン展では、長沢芦雪と淀川の結びつきに注意が払われていました。
現在よりもずっと交通ルートとしての淀川の重要性は高く、この川を媒介とした京坂文化の交流が、泉屋博古館展示からも伝わってきます。
この展覧会では京坂の文人芸術が主体ですが一部、江戸の文人大家による作品の展示も見られます。
中でも椿椿山「玉堂富貴・遊蝶・藻魚図」は写実と幻想が渾然となった不思議な透明感をたたえた三幅で、俳味を重んじた京坂文人との違いが実感できると思います。
蕪村や田能村竹田など有名人の作品もありましたが、大半がマイナーな人たち。
まだまだ秘蔵の文人芸術が隠されていそうな住友コレクションです。
旅スル絵画 ― 住友コレクションの文人画 | 展覧会 | 泉屋博古館 <京都・鹿ヶ谷>