ミホミュージアムの桜と漆

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春季特別展「懐石の器 炉の季節」

■2022年3月19日〜6月5日
MIHO MUSEUM

 

MIHO MUSEUMの有名な紅枝垂桜の回廊。

今春は4月の第2週目あたりが見頃となったようです。

コロナの影響で今年も団体客をシャットアウトし、事前予約制を採用しているため、それなりに人はいたものの、混雑害はなくゆったり楽しむことができました(平日お昼頃)。

美術館本館に向かうアプローチトンネルの中に桜の色が反射するその光景は、この時期の信楽で、多分一、二を争う「映えスポット」かもしれません。

トンネル内の壁面には、あえて、シルバーの板が打ち付けられています。

桜の光線を響かせるこの仕様は美術館を建設した当時から周到に意図されていたものなのでしょう。

 

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今年の春は、神慈秀明会創始者小山美秀子が蒐集した懐石の器、茶道具などを特集した企画展が開催されています。

財力にまかせて買い集めた近世近代の器をただ並べられただけでは気分があまりのってきませんが、そこは、茶道芸術の権威、熊倉功夫ミホミュージアム館長が企画の手綱をしっかり締めています。

陽明文庫から近衛家熙(予楽院)ゆかりの品々を取り寄せて当時の茶会景色を再現するなど、近世茶道史上のハイライトをしっかり取り込んで展覧会に奥行きをもたせる工夫。

学術的にふみ込んだ部分もあり、本格的な工芸展の趣が感じられます。

 

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利休に始まるといわれる懐石の形式がほぼ整えられるのは近世後期頃であり、現在みられるその完成形は明治以降、近代数寄者たちの頃に確立したのではないかと思われます。

古いものでは織部風の桃山陶器、乾山などを挟んで、昭和期の名工まで多彩な器が並んでいました。

 

なかでも漆器

素晴らしい名品が集められています。

昨年2021年秋に京博で開催された「畠山記念館の名品」展では、畠山即翁が集めた古美術品が一堂に会していましたけれど、即翁自身が当時発注して作らせた品々も展覧会の終盤で披露されていました。

渡辺喜三郎は益田鈍翁が重用した近代の塗師ですが、畠山即翁も朱色が見事な明月形懐石皆具を発注。

その華麗さに目を奪われた記憶があります。

 

一方、ミホミュージアムのコレクションでは渡辺喜三郎による黒漆の碗がいくつも並べられています。

様々な懐石の場で実際に何度も使えるような、簡素さが重視された造形と料理との調和に配慮した塗りがみられます。

ハレの要素を意識した即翁の明月形に対し、典型的な茶事の場で供された器のもつシックな雰囲気。

渡辺喜三郎の黒に置かれた炊き立ての白米を想像してしまいました。

なお、今回の展示品の中には益田鈍翁旧蔵品もいくつか展示されています。

近代の名数寄者が作らせた漆器が、信楽の山奥で鈍く光沢を帯びている様。
なかなかに味わい深い光景です。

 

朱や黒だけではありません。

永田友治による青漆もその独特の深い緑が印象的。

食材や調理法の多様化に伴って器の色味がバリエーションを豊かにしていった流れもみてとれます。

 

展覧会構成それ自体もユニークです。

飯・汁・向付から始まる一汁三菜、正式な懐石のスタイルに沿って展示が進められていく流れ。

料亭の祇園丸山が全面的に協力していて、展示品の横には実際に料理が盛られた器の写真が掲示されています。

うつろに食欲が刺激されて困りました。

公立や企業ミュージアムではなかなか思い切れないゴージャスなアイデアです。

桃山時代から伝わる骨董はともかく、器は使われてこそ、その本来の美が感得できるわけですから、やや贅沢すぎる展示とは思いましたが、まさに「懐石の器」にふさわしい展示構成手法といえるかもしれません。

 

前述した陽明文庫以外にも個人蔵の逸品が本展のために取り寄せられています。

とりわけ見事だったのが、原羊遊斎による「朱塗松蒔絵菓子椀」です。

鮮やかな朱一色の地にデザイン化された松が控えめに描かれているお椀ですが、典雅とモダンが完璧に融合した江戸後期工芸の極地がみえるような作品でした。

 

漆だけではなくガラス製の器が懐石の場に取り込まれていったことも紹介されています。

「瓶泥舎びいどろ・ぎやまん・ガラス美術館」から18,19世紀に作られた器が出張展示され、鈍さと透明感が混ざり合ったような独特の風合いを楽しませてくれています。

 

繊細な京懐石の巨大写真が連続します。

鑑賞し終わるとお腹が空いてしまう展覧会。

京都伊勢丹の地下で菱岩の弁当でも買って来ればよかったなどと、とんでもなく分不相応な反省をしつつ、おとなしく石山駅に帝産バスで戻ったのでした。

 

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