MONDO 映画ポスターアートの最前線
■2022年5月19日〜7月18日
■京都国立近代美術館
1902年のジョルジュ・メリエス「月世界旅行」から、2020年のアレックス・ウィンター監督による「ザッパ」まで、70作の映画ポスターが展示されています。
昨年末から今年の3月下旬にかけて京橋の国立映画アーカイブで開催されたMONDOポスターの特集展。
国立映画アーカイブと共にこの企画を主催している京近美に巡回してきました。
美術館4階、常設展示室内の一部をあてている特集なのでコレクションルーム料金のみで鑑賞できます。
テキサス州オースティンにある、日本でいうと名画座に相当する映画館、「アラモ・ドラフト・ハウス」の中にあったTシャツ屋、"MONDO"。
店内で売り出した名画ポスターが人気を博し、フィルム・ポスター・アートとして製作販売を開始、独立しました。
MONDOのポスターは限定プリントでもあることから、現在、人気作品は販売時価格の数倍で取引されているのだそうです。
「スターウォーズ 帝国の逆襲」、「悪魔のいけにえ」、「エイリアン」といった超有名作品ばかりで、ほとんどその内容を多くの鑑賞者が知っている映画のポスターです。
それぞれのイラストレーターたちも、当然にその前提、つまり「みんなもう知ってるよね」という了解のもとで描いています。
そこから機知と画力でどう「魅せる」か。
70枚のポスター全てから、イラストレーターたちの尖ったアイデアとずばぬけたデザインセンス、そして映画愛が熱く伝わってきます。
例えばベルギーのアーティスト、ローラン・デュリユー(Laurent Durieux)が手がけたキューブリックの「シャニング」。
一台のタイプライターが大きく画面を支配しています。
よく見るとある「6字」のキーが押されたままへこんでいることに気が付きます。
6個のキーを頭の中で並べ変えてみると M・U・R・D・E・R です。
そして、この文字列は映画の中では、違った配列で、まず、示されていたことも思い出してしまう。
一気にジャック・ニコルソン演じた主人公の狂気が身体に入り込んでくるような感覚に襲われました。
なお本展では展示されていませんが、デュリユーは「シャイニング」をテーマにもう一枚、別の作品を描いていて、そちらは、気の毒な例の子供がホテル内で三輪車に乗っている場面が描かれています。
これも恐ろしい作品です。
本展のメインビジュアルにも採用されているギャレス・エドワーズ版「GODZILLA ゴジラ」のポスターは、ファントム・シティ・クリエイティヴのメンバー、ジャスティン・エリクソンが手がけた作品。
破壊された建造物の瓦礫でたくみに構成された大怪獣が夕暮れの中に姿をあらしています。
このメッセージ性こそ、何よりこれらの作品が単なるグラフィックアートではなく、「ポスター」であることを示していると思われました。
同じエリクソンの手によるフリードキンの「エクソシスト」もとっても怖いポスターです。
画面には悪魔に取り憑かれたあのおぞましい少女リーガンの姿は全く登場していません。
代わりに巨大な石像とそれによろめきながら対峙しているメリン神父のシルエットのみが描かれています。
これは映画の冒頭、今はおそらくIS関連の戦闘によって破壊されてしまったイラクの古都での場面を暗示しています。
「エクソシスト」を何度も観た人なら、リンダ・フレアの首がくるりと回る例の場面ではなく、実は、この最初のシーンが一番恐ろしいものを描いていたことを知っていると思います。
エリクソンが映画自体を深く強く愛していることが伝わってくる一枚でした。
ああ、それにしても、怖い。
イラストレーター、グラフィックデザイナーたちのテクニックとアイデアがこれらポスターの魅力ではあるのですが、展示されている作品からは、個々のアーティストのセンスを超えた「MONDOらしさ」が共通して感じられるような気がします。
その秘密は、おそらくMONDO独特の二つの「制約」に起因しています。
一つは、サイズ、です。
多くの作品が「61.0センチX91.4センチ」の大きさで描かれています。
アート・ライターのクリス・ジャルフカの解説(無料パンフレットに記載)によると、MONDOポスターの製作はシアトルを拠点とする印刷会社が担当していて、ここの標準印刷サイズは「18X24インチか24X36インチ」に決められているのだそうです。
もう一つは、上記サイズ制約にも関係しているのですが、その印刷技法にあります。
これもジャフルカによれば、MONDOポスターは全て手仕事のシルクスクリーン技法によってプリントされているのです。
非常に手間のかかる印刷技法を用いることで、独特のねっとりとした色彩の質感が実現されているということになります。
サイズと印刷技法の制約が、作家の個性と融合し、MONDO独特の、文字通り「世界」が立ち現れてきます。
加えて、原版の摩耗によって生じる輪郭線の変化などが、逆に一枚一枚の独自性につながり、コレクター心に火をつけることにもつながっているようです。
ポスターの原点、「版画」的な要素がMONDOには残されています。
規模が大きい展示ではありませんが、いちいち映画自体を追想させられてしまう、見応え十分な企画でした。
写真撮影OKです。