ダネル弦楽四重奏団によるレクチャーコンサート
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲
■2022年6月9日 19時開演
■びわ湖ホール(小ホール)
ダネル弦楽四重奏団(Quatuor Danel)は、今までショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全曲演奏会を32回、全曲録音を2回行っているのだそうです。
1991年の結成ですから、単純に計算しても毎年1回以上、15作の全曲演奏を繰り広げてきたことになります。
ショスタコーヴィチの親友であったヴァインベルクの演奏にも注力していて、録音の面からいえば、CPOからリリースされているこの作曲家の弦楽四重奏曲がその実績として最も知られている団体ではないかと思います。
ベルギーのカルテットにも関わらず、ベートーヴェンQ、ボロディンQといったロシア系に師事したグループです。
リーダーである1stのマルク・ダネルは、このレクチャーでしばしば彼ら先輩カルテットの名前や発言を引用していました。
ショスタコーヴィチ自身と深い関係を持っていたロシアの名カルテットから、いわばその伝統を直接的に受け継いでいるという意味でも非常に面白い四重奏団です。
レクチャーコンサートと銘打たれていました。
スピーカーはマルク・ダネル一人です。
他の3人は演奏に徹していて、一言も発しません。
通訳を交えてのフランス語で2時間。
作品として取り上げられたのは、1,3,6,8,15番の5曲でした。
一部の楽章を丸ごと演奏することもあれば、短いフレーズのみをとりあげて紹介するなど、とてもよく練られた構成がとられていました。
想像ですが、おそらく何回か既にこの内容でのレクチャーコンサートが行われているのではないでしょうか。
マルク・ダネルはまさにショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲のエヴァンジェリストといった役回りで、オーディエンスに対してときにユーモアを交えながら、全体としてはとても真摯に語りかけ、かつ、奏していたように感じます。
マルク・ダネルは、ショスタコーヴィチの親族の一人から「この作曲家の人生を知るには15曲の弦楽四重奏曲を聴けばわかる」と言われたことがあるのだそうです。
このエピソードを軸に、1番から15番まで、作曲家の人生を絡めてレクチャーが進行していきました。
長女誕生の年に書かれた第1番に聴かれる幸福感、スターリンが死去した直後に書かれた6番の各楽章がなぜあえて「完全終止」のパターンで終わっているのかなど、非常に興味深い内容の連続。
特に第3番のレクチャーは鮮やかでした。
アイロニックな第1楽章の主題が次第に乱脈なフーガとして分解してしまう曲想について、ダネルは「戦争が近づいているのに、人々が各々分断され勝手に振る舞っている様子」が描かれていると解釈。
2楽章では中間部の不気味なスタカート音型を「遠くから聞こえる軍靴の足音」に喩えています。
戦闘そのものを表す暴力的な第3楽章を経て、「レクイエム」としての第4楽章が続きます。
そして最終楽章は「謎」。
なぜ戦争が起こってしまったのか。
その問いかけが暗示されているとして、この第5楽章をすべて演奏。
つまり第二次大戦直後に完成した第3番は、「戦争ソナタ」ならぬ「戦争カルテット」という、かなり明確なショスタコーヴィチによる設計がなされた作品だったということが実演を交えて見事に解析されていました。
なお、ダネルQによるショスタコーヴィチ第3弦楽四重奏曲全曲は、下記、youtube映像で鑑賞することができます。
15番における「語り手」としてのヴィオラの役割など、新しい鑑賞のツボを示してくれるところも多く、とても示唆に富んだ内容。
ダネルは話したり奏したりとかなり忙しく、初めの方はやや音程が怪しいところもありましたけれど、次第に安定。
途中、2ndが熱を入れすぎて弦を切ってしまうなど、レクチャーコンサートだからといって決して演奏の手を抜かない、というより、どこをとっても練り上げられたショスタコーヴィチが聴かれました。
ダネルQは2023年からウィグモア・ホールのレジデントを務めるのだそうです。
その真価がいよいよ認められてきたということでしょう。
今回のびわ湖ホール公演ではレクチャー公演はあったものの、肝心の本体コンサートではショスタコーヴィチもヴァインベルクもなしだったことがやや残念(札幌のキタラでは4番を演奏したそうです)。
とはいえ、こんな内容の濃い出し物を1500円で提供してくれたびわ湖ホールには感謝です。
一度まとめてショスタコーヴィチを聴いてみたい、実力派カルテットでした。