梥本一洋 没後70年

没後70年 梥本一洋 〜優美なる日本画の世界〜

 ■2022年6月4日〜7月31日
 ■京都文化博物館 (2F総合展示室)

 

梥本一洋(まつもと いちよう 1893-1952)の没後70年を記念し、京都文化博物館でこの画家のミニ特集展が開催されています(常設コーナーの一部・特別展ではありません)。

また、偶然なのかもしれませんが、まるでこれと同期をとるように、京都市京セラ美術館の春季コレクション展(4月29日〜7月10日)でも、一洋の代表作、「餞春」と「送り火」が展示されています。

ちょうど今年は一洋の師匠、山元春挙が生誕150年を迎えていて、滋賀県美がつい先日まで大規模な春挙回顧展を開催したばかり。

2022年は山元画塾、師弟共々の記念イヤーになりました。

www.bunpaku.or.jp

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梥本一洋は川村曼舟と共に山元画塾を代表する春挙の高弟です。

しかし、春挙と同じく山水画をよくした曼舟とは違い、一洋は師匠の画風と全く違った路線を歩んだ人。

画題の多くは古典、謡曲などからとられ、圧倒的に人物画の比重が高い。

華麗な風景画を得意とした春挙とは真逆ともいえる絵ばかり描いていますから、画業の面でこの師弟がどういうやりとりをしていたのか、ちょっと想像できないところがあります。

 

また、画題だけではなく、技巧面、特にその色彩表現も師弟間でほとんど共通点が見られません。

「春挙ブルー」に代表されるように、比類ない透明感と鮮やかな色使いで景物を描いた山元春挙に対し、梥本一洋の絵の持ち味は、どこかくすんだ、「不透明さ」にあるように思えます。

今回、文博で展示されている作品の中にも、本来はすっきりとした構図の大和絵風擬古典画にもかかわらず、全体の地にはベージュっぽい背景色が施されていることが多く、文字通り古色蒼然とした空気が感じられる作品が見受けられます。

 

こうした一洋の絵がもつ「不透明さ」は、当時の美術批評界でもネガティブにとらえられていた面があるようです。

1940(昭和15)年に大阪で開かれた個展評に「今までの作品にみられた死灰のようなつめたさが非常に少なくなっている」というコメントがみられます。

この評自体は個展を積極的に評価しているわけですが、それまでの一洋作品については「死灰のようなつめたさ」が覆っていたとも断じているわけで、結構、ひどい言われ様ではあります。

 

また、現在京都市美術館で展示されている同館所蔵の大作「送り火」(1916・大正5)については、鏑木清方が次の通り、やや辛口のコメントを残しています。

「場中(注:第10回文展のこと)やや異色ある作品。だが、火を焚いている石や、背景の石垣がやわらかすぎる。」

 

 

梥本一洋「送り火」(京都市美術館)

 

梥本一洋の中には、どこか、「白黒つけたくない」という本質的なセンスがあったのではないかと想像しています。

独特のくすんだ色合いや、清方に「やわらかすぎる」とケチをつけられた線描にしても、この人にとってはむしろそこが重要だったのではないか。

つまり、「はっきりしすぎた色使い、硬すぎる描画は下品である」という感覚。

 

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これも代表作である「餞春」は、一洋にしてはかなり華麗な色使いが用いられた傑作ですが、たとえば春挙の風景画と比較すると、透明感がやはり抑えられているので、全体としては不思議に落ち着いた雰囲気が画面を支配しています。

また、今回京都市美では展示されていませんが、同館が所蔵するもう一枚の一洋作品、「鵺」は、色彩から構図、画題まで全て一洋独自の世界が開陳された名品。

かつてこの美術館の学芸員をしていた加藤一雄が「鵺」を評して、その絵の中に、鵺に取り憑かれた近衛院の「懊悩」をみてとっていましたが、古典的な構図と極端に抑えられた色調から、たしかに、加藤の言う奥深い官能の空気が感じられる作品です。

 

今回の文博による特集展は、2001年に開催された梥本一洋大回顧展の超縮小版。
京都市美蔵の代表作に比べ、完成度の面でちょっと物足りない作品も見受けられますが、没後70年を記念するにはちょうどよい規模かもしれません。

 

画題も画風も技巧も正反対だったと言える春挙と一洋。

しかし、師弟間の仲はたいそう良かったようです。

春挙が門人たちを引き連れて楽しんだ登山にまつわるあるエピソードが残されています。

山の中でカレーを作って食べたときのこと。
恐ろしく辛いカレーが出来上がりました。

それは料理担当だった梥本一洋が「様子がわからずカレー粉を一瓶一度に使ってしまった」から。

これに対して春挙は「こういうところでは刺激の強い物の方がええ」と豪快にフォローしてくれたのだそうです。

 

(以上 2001年の文博による梥本一洋展図録と、2022年の大津市歴史博物館「蘆花浅水荘山元春挙画塾」展図録を適宜参考にしています)