KOSUGI+ANDO「芳一」(関西の80年代展)

現在、兵庫県立美術館で開催されている「関西の80年代」展(2022年6月18日〜8月21日)では、発表当時の展示を再現した大型のインスタレーションを、数点、観ることができます。

 

www.artm.pref.hyogo.jp

 

KOSUGI+ANDOによる「芳一  物語と研究」は、1987年2月26日から3月8日にかけて、京都市美術館で開かれた「京都アンデパンダン展」で展示されたもの。

当時は京都市美の210号室が使われたそうです。

今回の兵庫県美展示では、いくぶんダウンサイジングしつつも、ほぼ当時のレイアウトが忠実に再現されています。

新鮮な体験を味わうことができました。

 

 

現在も活発に作品を発表し続けているKOSUGI+ANDOは、小杉美穂子(1953-)、安藤泰彦(1953-)の二人によるユニットとして1983年頃から活動を開始。

80年代はほぼ京都で作品を発表しています。

「芳一」を発表した1987年当時、二人ともまだ30歳代。

このインスタレーションの内容そのものから、80年代後半の浮かれはじめていた景気がアートに作用した痕跡を直接うかがうことはできないと思います。

ただ、そもそも、京都市美の展示室を、丸ごと、その高い壁面に至るまで使い尽くし、鑑賞者に「体験」を促す企て自体に、この時代がもっていたであろう「勢力」の空気を感じることはできるかもしれません。

なお、下記KOSUGI+ANDOのサイトから「芳一」が発表された当時の、京都市美における様子を写した映像を見ることができます。

kosugiando.art

 

規模の大きさでみれば、70年代から連なるコンセプチュアルな巨大オブジェ等の実績が既にいくつもあったと思われます。

しかし、「インスタレーション」という言葉自体がまだ地に足がついていなかったと想像される80年代後半、十分な実績があるとはいえない若手作家たちが、一定のクオリティを確保しながら、大規模な「体験」をベースに構想されたアートを創造し、提供できてしまうという状況自体、それまでになかった事態だったかもしれません。

また、90年代以降、今では当たり前となっている、複数のアーティストが協働するユニット、グループという形態も、この頃はまだ例外的な存在ではなかったかと推測されます。

 

その意味で、KOSUGI+ANDOの「芳一」は、「80年代の関西」をテーマとした本展を象徴する一作ではないかと思います。

 

 

「芳一」は、かなり明確なストーリー性が具体的にこめられた作品です。

もっぱら鑑賞者の受け取り方に委ねられるような作品が多い昨今のインスタレーションとは明らかに異質であり、「わかりやすい」。

しかしそこが、逆にとてつもなく、新鮮なのです。

鏡と白紙、それに何も貼られていない空洞の3種類から成る扉のようなフレーム群。
そこから鑑賞者は「芳一」の中に足を踏み入れることになります。

みえたり、みえなかったり、みかえされたり。

白い紙の中に記された「芳一・・・・」の文字。

それが屏風のような屈折をもった厚紙の壁につながり、鑑賞者を奥へ奥へと誘う。

迷路のような螺旋の行き着く先には般若心経の文字が連なっています。

何の説明を受けてなくても、この流れが、壇ノ浦に沈んだ平清盛の妻、二位尼を表現していることが伝わってきます。

見えたり見えなかったりする冒頭の仕掛けとお経の文字との関係も含めて、誰でも知っている「耳なし芳一」の世界が、静けさと饒舌さを両立させながら出現していました。

そして、このインスタレーションの外に出て、あらためて気がつくのです。

螺旋状に配置された、経典の描かれた屏風が、ある身体の一部のかたちそのものであったことに。

 

 

まだ映像や音響の活用がそれほど一般化していなかった80年代。

現在の眼でみると、「芳一」には特段、洗練された技術やデザイン的な面白さ、意表をつく造形があるわけではありません。

デジタルの要素は皆無であり、全てアナログ。

しかし、むしろ、そこが奇妙な生々しさにつながり、直接的に幻想の世界に観客を連れ込む力につながっています。

「考えなくても良い」のに、はっきり異世界へ扉を開くインスタレーション

くりかえしますが、新鮮でした。

 

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