「ラスキンの聖母」とエルスハイマーの「聖ステパノ」

 

スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち

■2022年7月16日〜9月25日
■神戸市立博物館

greats2022.jp

 

先日まで東京都美術館で開催されていたスコットランド国立美術館展が神戸に巡回してきました。

 

全89点。

上野では93点でした。

以下の4作品が巡回展(神戸・北九州)では省かれています。

ベルト・モリゾ「庭にいる女性と子供」(出品リストNo.79)
・モネ「エプト川沿いのポプラ並木」(No.81)
ドガ「踊り子たちの一団」(No.85)
・ゴーガン「三人のタヒチ人」(No.86)

 

中でもゴーガンの「タヒチ人」は、この美術館が誇る「説教の幻視」に次ぐ名品なのでやや残念ではあります。

www.nationalgalleries.org

 

残念ついでに付言すると、神戸展ではなぜか、展示品前の禁足スペースがかなり広くとられています。

ルネサンスバロックの巨匠たちによる素描などは小さい作品が多く、照明も暗めに設定されていますから、これではやや遠すぎて細部を味わうことが困難です。

これから鑑賞される方はアートスコープなどを持参された方が良いかもしれません。

 

 

www.nationalgalleries.org

 

エディンバラスコットランド国立美術館(The Scottish National Gallery)は、現在、新ギャラリーの設置に向けて一部改装工事を行なっています。

来年2023年の夏頃には完了するようです。

今回の来日展では若き日のベラスケスによる超有名作品「卵を料理する老婆」など、コレクションを代表する名画が出張してきています。

エディンバラでの展示スペースが一部制限されている今だからこそ実現したという事情もあるのかもしれません。

 

そのベラスケスをはじめ、レンブラントルーベンス、イギリス絵画の名品の数々など、まさにマスターピースが連続するわけですが、中でもとりわけ惹かれた作品が2点あります。

 

一つはヴェロッキオにアトリビュートされている「幼児キリストを礼拝する聖母」。

別名「ラスキンの聖母」です。

ジョン・ラスキンが一時所有していたことからこの通称がつけられている作品。

縦は1メートルを超え、横も80センチ近くあって実物はかなりの迫力。

1470年頃描かれたとされています。

マリアが無痛でキリストを出産し、直ちにその嬰児に礼拝したという伝説、「聖ビルギッタの幻視」に基づく聖母子像が描かれています。

異様なまでに厳格な遠近法によって描かれた背景に、ほとんど表情を消して瞑想するように祈る聖母と、それを、こちらも無表情に近い即物的な眼差しで見つめる幼児キリスト。

レオナルドやラファエロ以降に一般化する人間味が施された聖母子像とは明らかに違います。

親しみやすさとは別の、一種超越的な神聖さを漂わせながら、それでも中世的な素朴さからはかなり遠ざかった、緻密で写実性を帯びた図像表現。

ラスキンが「100ポンド」でヴェネツィアのタバコ王マンフリン家からこの絵を買い取ったその理由は、やはり「ラファエロより前」の空気感がこの絵から濃厚に立ち上っていたからなのでしょう。

後補が施されていますが、繊細な衣装の細部まで見事に保たれています。

 

そしてもう一枚。

アダム・エルスハイマー(Adam Elsheimer, 1578-1610)の「聖ステパノの石打ち」。

こちらは、大作「ラスキンの聖母」に対し、縦横30センチ程度の大きさしかありません。

ヴェロッキオの時代から約140年ほど経過したバロック期の作品です。

しかし、独特の空間表現と異様に濃密な情報量という点を含め、この2作にはどこか共通した世界観が感じられました。

 

非常に小さい画面なのに、数えきれないくらいの登場人物が稠密に描かれています。

ラスキンの聖母」ほどあからさまではありませんが、この絵にも明確な消失点があり、画面左のやや上部にそれが見られます。

そのさらに左上の片隅にうっすらと描かれているのは神とキリスト。

そこから放たれる光の帯が、今まさに撲殺されようとしている「最初の殉教者」聖ステパノを捉えています。

闇の表現に秀でていたというエルスハイマーの陰影術は、この作品では、「光と光」による演出という形で現れていて、その劇性に圧倒されます。

口を半開きにしたような聖ステパノの表情。

光の帯の先にある天上世界を幻視している様がダイレクトに伝達されてきます。

構図上の遠近法と、光の遠近法がそれぞれに作用する中、おびただしい人物要素が、たった30センチ四方の世界で、各々に明確な役回りを演じている絵画。

ルーベンスと友人関係にあったというエルスハイマーですが、この作品に見られる宗教表現は、ルーベンスよりも超越的な力が信じられているようです。

 

ラスキンの聖母」には「ラファエロ以前」が、エルスハイマーの「聖ステパノ」には「ルーベンス以前」の、それぞれ特級の絵画がもっていた世界が表されているように感じられました。

 

ヴェロッキオに帰属「幼児キリストに礼拝する聖母」(ラスキンの聖母)

 

アダム・エルスハイマー「聖ステパノの石打ち」

 

なお、会期中の土曜日夜間は「サタデーナイト・フォトアワー」(17時30分〜19時30分)とされていて、全作品の写真撮影がOKとなっています。