エマニュエル・デ・ウィッテの幻想空間

 

現在、天王寺大阪市立美術館に巡回中の「フェルメールと17世紀オランダ絵画」展(2022年7月16日〜9月25日)では、修復論争で話題の「窓辺で手紙を読む女」だけでなく、フェルメールと同時代を生きた画家たちによる優品の数々を堪能することができます。 

www.osaka-art-museum.jp

 

中でも特に惹かれた作品が、エマニュエル・デ・ウィッテ(Emanuel de Witte 1617-1692)による「アムステルダムの旧教会内部」。

41.5X34センチの油彩画。

1660年代に描かれたものと推定されています。

すぐ近くに展示されているロイスダールの大作などに比べると小さめの、一見、かなり地味な作品。

しかし、じっくり観ていると、謎めいた空間世界から眼が離れなくなってしまいます。

 

来歴を見ると、もともとこの絵はエカテリーナ2世によるコレクションに含まれていた一枚で、革命後はエルミタージュ美術館に保管されていましたが、1930年代、おそらく外貨獲得の目的でロシア国外に流出。
1940年代半ば頃にはドレスデンに来ていたようです。

 

デ・ウィッテはレンブラント(1606-1669)やフェルメール(1632-1675)の文字通り同時代人なので、彼らを主軸とした来日展にオマケのようについてくるオランダ画家の一人です。

過去にも数点、来日しているはずですが、今回のドレスデン国立美術館蔵の作品には、派手さが全くない分、逆にこの画家の異様な空間表現がよく表されていると感じます。

 

 

 

skd-online-collection.skd.museum

 

 

図録の解説(P.140)にもありますが、この絵で画家は、実際に見たままの教会内部を写し取っているわけではありません。

教会内部の南側から北を眺めるアングル。

しかし、その通りの角度で見てもこの情景は再現されないのです。

つまり、デ・ウィッテの「眼による編集」が施されている絵画ということになります。

17世紀中期、すでに「複数の視点」によって描かれた絵画が出現していたことに驚きます。

 

もっとも、デ・ウィッテはいわゆる「幻想画家」ではなく、あくまでも、実物よりよく見せるために、「盛る」という方向をとった人ともいえます。

神秘思想や超自然的な幻視を絵にしているわけではありませんし、ましてや、キュビスムのように意図的に複眼的形状表現を試みてもいません。

 

しかし、闇に沈んだように描かれた人物や、淡い乳白色のグラデーションで重ねられた建築構造や装飾からは、不思議な静けさと、この世とは別の異世界感がなんとなく漂ってくるのです。

ちょっと後年のハンマースホイを思わせるような独特のテイスト。

時間を忘れさせてくれるような名画だと感じました。

 

エマニュエル・デ・ウィッテは、レンブラントフェルメールよりも長生きした人ですが、その最期は悲惨そのものです。

常にトラブルと経済的困窮がつきまっとった75年の生涯。
最後はアムステルダム自死したと伝えられています。

もっぱら教会などの建築物を画題としていて、親しみやすい人物像や風景画などに代表作がないことから、いつまでたっても日本では「その他オランダ絵画の人」という扱いのままですが、十分、この画家だけでも特集企画が組める天才です。

企画展を気長に待ちたいと思います。

 

ハンマースホイ「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」(国立西洋美術館蔵)