アントワーヌ・ドワネルの音楽趣味|「二十歳の恋」

 

今年は、フランソワ・トリュフォー(1932-1984)生誕90年。

これを記念して各地のミニシアターで特集上映が開催されました。

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「アントワーヌとコレット」(Antoine et Colette,1962)は、もともと「二十歳の恋」と題されたオムニバス映画の中の一作。

30分程度の短編です。

 

前作「大人は判ってくれない」の主人公アントワーヌ・ドワネル(ジャン=ピエール・レオー)のその後、約3年が経過した17歳の姿が描かれた作品。

トリュフォーは、「大人は判ってくれない」が予想以上にヒットしてしまったため、その続編について「ヒットに便乗している」とみられることを嫌い、なかなか企画を立ち上げられなかったのだそうです。

オムニバス映画の話が持ち込まれたことを契機にして、あえて、短編としてさりげなく「ドワネルもの」の続きを映像化したという経緯にあるようですが、後年トリュフォーは「自分が本当に好きだった作品は〈二十歳の恋〉だけだ」とも語っています(『生誕90周年上映 フランソワ・トリュフォーの冒険』パンフレットP.29)。

実際、「ドワネルもの」の最後となる「逃げ去る恋」(1979)では、短編であるにもかかわらず「アントワーヌとコレット」からの回想シーンがかなり頻繁に登場し、コレットを演じたマリー=フランス・ピジエが重要な役柄として再登場しています。

繊細さと詩情性、そして独特の生き生きとした軽妙さ。

この監督自身の美質が確かに凝縮されているような映画です。

ちなみに「二十歳の恋」で「東京」編を撮った石原慎太郎の作品は、トリュフォーとは真逆のひたすら暗い暗い青春映画だったように朧げながら覚えています(昔どこかの名画座で観たのですが細部は記憶していません)。

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この映画では、随所にアントワーヌ・ドワネルの音楽趣味が示されています。

目覚めた朝、ポータブルプレーヤーでかけられる音楽はバッハ「管弦楽組曲」第3番。

起き抜けでこのレコードを取り出し、パリの街を見下ろす角部屋からタバコをふかすジャン=ピエール・レオーの格好良さ。

 

アントワーヌの部屋にはLPレコードのジャケットやポスターのようなものが確認できます。

すぐ目につくのは、ブルーノ・ワルターマーラーの顔。

これはワルターが1954年、ニューヨークフィルを指揮して録音した交響曲第1番のレコードです。

この曲についてもう「巨人」というタイトルをつけることはあまりなくなりましたけれど、1962年に撮影されたこの映画上のジャケットには右下に"TITAN"と大きく記載があります。

 

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ところでアントワーヌ・ドワネルは、前作の終わりで入所していた少年鑑別所みたいなところを出た後、レコードメーカーに就職しているという設定です。

その会社はフィリップス。

映画の中にも"PHILIPS"と大きなロゴが描かれた車が登場します。

本作のスポンサーとして協力を得ていたのかもしれません。

ワルターNYPの54年盤はアメリカ・コロンビアの製作なので、一見、メーカー違いのように見えますが、当時のフランスにおけるこのLPのディストリビューターはフィリップス。

アントワーヌの部屋に飾られていても不思議はありません。

 

ジャケット以外にも、指揮者らしい人物の写真が室内に確認できます。

ちょっとわかりにくいのですが、この被写体はカール・ベーム

1955年、モーツァルトのジュピター交響曲などをベームはコンセルトヘボウ管と録音し、フィリップスからリリースしています。

そのジャケットに使われた写真が貼られているとみられます。

 

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ワルターマーラーベームモーツァルト

アントワーヌ・ドワネルの趣味はなかなか格調高い。

しかし、実際の映像にマーラーモーツァルトが被ることはありません。

 

バッハの管弦楽組曲とは別に、映画の中で響くクラシックはベルリオーズ幻想交響曲」。

その第2,4楽章が使われています。

アントワーヌがコレットに視線でモーションをかける場面。

レコードではなく、実演コンサートの情景です。

しかし、このコンサートで幻想交響曲は不思議なおわり方をします。

第4楽章が終わったところで、聴衆は拍手をし、演奏会自体もお開きになってしまう。

第5楽章「ワルキルプスの夜の夢」は演奏されません。

撮影等の事情からこうなったに過ぎないのかもしれませんが、アントワーヌとコレットのその後の切ない幕切を思うと、あえて第4楽章「断頭台への行進」でトリュフォーは曲を終わらせたと推測することもできます。

 

アントワーヌは、現在でも活動している青年音楽連盟"Jeunesses Musicales de France(JM France)"が主催していたとみられるコンサートに通っています。

若者を対象として音楽普及を目指していたこの活動にトリュフォー自身が強く賛同していたということでしょう。

JM Franceは、名曲演奏会ばかりではなく、当時の前衛にも目配りしていました。

その前身ともいうべき「若きフランス」を設立した過去をもつミュージック・コンクレートの創始者ピエール・シュフェール本人が登場し、講演するシーンが挿入されています。

アントワーヌはコレットを「電子音楽のコンサート」に誘って断られています。

今のセンスからみると、それはそうなるだろうなあと思うのですが、コレット自身もシェフェールの講演に参加している場面がみられますから、彼女が一概に現代音楽嫌いだともいえません。

後年の「逃げ去る恋」で、なぜコレットがアントワーヌを拒絶したのか、その理由が語られています。

当然にそれは前衛音楽のせいではありません。

 

映画の最後、アントワーヌがコレットに残酷にフラれた後、一人で見ることになるテレビでおそらく放映された演奏会中継番組は、エリーザベト・シュヴァルツコップのリサイタルです。

1960年代初頭。

巨匠アーティストたちの名が次々と出てくる映画です。

 

アントワーヌ・ドワネルの趣味、すなわち、当時のトリュフォーが関心をもっていたかもしれない音楽家たちを知ることができる意味でも興味深い作品だと思います。

 

 

 

 

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