京都市京セラ美術館、今年2022年夏期コレクション展(7月16日〜9月25日)は「幻想の系譜ー西洋版画コレクションと近代京都の洋画」と題され、夏らしく少し不気味にひんやりするテイストの作品が集められています。
北脇昇や小牧源太郎など、おなじみの京都シュルレアリスム作家たちに加え、とりわけ面白かったのが、昨年、この美術館に一括寄贈されたという個人コレクションからの特集展示です。
これまでの京都市美コレクションとは一線を画しているように感じます。
零三郎(1915-1996)という人物が収集したもので、美術館が「THE ZERO COLLECTION」と呼んでいる一群の西洋版画です。
ホガースや、ゴヤの『ロス・カプリチョス』など18世紀の作品から、新しいところではジム・ダインくらいまで。
結構時代的に幅広い作品が展開されています。
ゴヤやドーミエなどはすでに国立西洋美術館あたりにまとまった収蔵品があり、目にする機会も多いわけですが、このコレクションには一個人の趣向や時代が反映されているためか、独特の偏りがみられ、そこが大きな魅力ともなっているようです。
特にウィーン幻想派の作品数点が異彩を放っていました。
京都市美術館の解説によると、零三郎がコレクションを充実させた時期は1970年代なのだそうです。
ルドルフ・ハウズナー(Rudolf Hausner 1914-1995)やエルンスト・フックス(Ernst Fuchs 1930-2015)といったウィーン幻想派を代表する作家たちが旺盛に作品を発表していた時期とちょうど重なります。
幻想系絵画にほとんど特化しているユニークな老舗ギャラリー「青木画廊」が日本に彼らを積極的に紹介していた時期も70年代が中心でした。
零三郎もひょっとするとこの画廊で買い物をしていたのかもしれません。
ハウズナーが生み出したキャラクターといってもいい「アダム氏」の滑稽さと傲慢さが入り混じったような、一度見たら忘れならない表情芸術です。
展示されている「アダム氏」(1965)は下記に画像がありました。
エーリヒ(アリク)・ブラウアー(Erich (Arik )Brauer 1929-2021)はミュージシャン、詩人、建築家としても活動していた多彩な人ですが、ウィーン幻想派の主要な版画家としても存在感を示していました。
今回の展示ではブラウアーが1971年に制作したカラー・エッチングの一枚が紹介されています。
炎の翼をもち、中身をくり抜かれたクリオネのような物体が画面中央に描かれています。
それと一体化した人物が幻想世界を歩行する不思議に魅力的な光景が展開します。
エルンスト・フックスの「エゼキエル」はこのアーティスト初期に属する作品です。
1952年制作のエッチング。
超絶技巧で刻まれた不気味な預言者の図像に見入ってしまいました(下記)。
http://www.artnet.com/artists/ernst-fuchs/ezechiel-1952-WKl81sh3sANUeGMmXgY3dA2
ウーヴェ・ブレーマー(Uwe Bremer 1940-)の版画集『変異』も奇妙奇天烈な生き物が異界で蠢く、いかにもウィーン幻想派らしい雰囲気を持った作品です。
ただ、ハウズナーやフックスよりも世代が若いためか、どことなく軽妙なユーモアも感じられます。
フックスやフリードリヒ・メクセベル等が合作した版画集『オドラデク 理解不能の現実』も禍々しい毒虫のような図像など、フランツ・カフカの世界に直結していて、不安感を伴った何とも言えない余韻を楽しむことができると思います。
THE ZERO COLLECTIONの総数は200点におよぶのだそうです。
今回の展示は50点くらいでしたから、まだまだ面白そうな作品が出てきそうです。
今後のコレクション展への期待が高まる特集でした。