ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで
■2022年7月16日〜10月16日
■東京都現代美術館
Rester Jean Prouvé
■2022年7月17日〜10月16日
■node hotel
規模はまったく違いますが、東京と京都でジャン・プルーヴェ(1901-1984)の回顧展が3ヶ月にわたって開催されました。
膨大な椅子などのコレクションに加え、組立住宅を丸ごと会場に再現するという圧倒的な規模感で作品群を展開した木場の東京都現代美術館に対し、西洞院のノード・ホテルでは1階ロビー入口に簡単な作家紹介コーナーと椅子が数脚並べられただけのとても小さい展示。
どうやら仕掛人の一人である八木保が結節点となって、MOT展と同時並行的に京都でのこじんまりとしたこの企画が実現したようです。
京都を拠点に家具デザインをてがけているグループIndian Creek Feteが全体のディレクションを担当し、装丁などで活躍しているカワイハルナがポスターを手がけるなど、小規模ながら気が利いていて楽しめました(無料・宿泊や食事をしなくても見学OK)。
さて、東京都現代美術館での展示品の多くは、二つのコレクションから成り立っていました。
一つはパリにあるギャラリー・パトリック・セガン(Galerie Patrick Seguin)が収集、扱っているプルーヴェの作品。
もう一つは、"Yusaku Maezawa collection"。
驚いたことに、本展の目玉、館内に実物再現されたプルーヴェとピエール・ジャンヌレによる共作《F 8x8 BCC組立式住宅》は前澤友作コレクションから出展されたものです。
その貴重さもさることながら、普段どこに保管しているのか、維持するだけでもそれなりのコストがかかりそうですが、そういうことを考えること自体が野暮なのですぐやめました。
プルーヴェの、たとえば椅子を一般的な日本のリビングに置くことを想像すると、かなりインテリアとしてコーディネートする難易度が高いような気がします。
自身をデザイナーとも建築家とも言わず、「工人」あるいは「構築家」と称していたプルーヴェの造形は、非常に理知的な面と、荒々しいまでの「工作物」としての剥き出しの力強さが同居しているように感じます。
一見、シンプルで汎用性が高そうな外観。
しかし、ぼんやりとした日常が繰り広げられる居室空間の中では明らかに異質な力が発散されるため、部屋自体がプルーヴェに負けてしまうのではないか、と。
居間が、どことなく、仕事場に変貌してしまいそうです。
一方で、ただ粗野なだけのエセ民芸的臭みとは真逆の率直な美意識が、どの作品からも放たれてくる不思議。
この人の造形にはどこか、誤解を恐れずにいえば、「男の子」的な、純粋にかたちを作り出す愉悦感が伴っていて、そこがコレクターたちの琴線にふれるところなのかもしれません。
宇宙船、あるいは潜水艦にみられるような窓の形。
メタリックな素材感をそのままに即物的な直線や曲線の美で魅せる壁面意匠。
少し前まで安っぽさに還元されてしまったようなデザインの数々が、時代が一巡りもふた巡りもした現在、輝き出してきたということでしょうか。
高い理知と、ある種の無骨さを兼ね備えた初期から中期にかけてのプルーヴェ作品が一番映えた場所は、これも木材と金属の素材感を合理的に活かし切った「組立住宅」の中だったように思います。
もちろん、パトリック・セガンの店で売られているプルーヴェのリビング家具セット写真などを見ると、十分、モダンインテリアとして洗練された雰囲気も感じられるのですが、本来のプルーヴェらしさからはやや離れてしまい、「手懐けられた」印象を受けます。
キービジュアルに採用されている「フォトゥイユ・レジェ(アントニーチェア)」(これも前澤コレクション)は、一見、優雅な曲線が居室になじみそうに感じられますが、脚部を見るとあまりにも率直な鋼板と鋼管が強烈に素材とフォルムを主張しています。
この「脚」を映えさせるためには、相当に貫禄のあるフロア材を使わないと釣り合いません。
椅子一脚のために部屋全体の雰囲気を変えないといけない。
プルーヴェと付き合うにはそれなりの覚悟が必要かもしれません。
すっかりセレブたちのお気に入りになってしまい、オリジナルのプロダクトはかなり価格が高騰しているというプルーヴェですが、私にはとても使いこなせそうにない家具たちばかりなので、物欲は今のところおさまっています。