フィン・ユールとデンマークの椅子
■2022年7月23日~10月9日
■東京都美術館
今年の夏、ほぼ同時期に、都立の美術館2館が揃って「椅子」を特集しています。
まず東京都現代美術館のジャン・プルーヴェ展を鑑賞。
続いて上野でのフィン・ユール&デンマーク椅子展を覗いてみました。
いずれもとてもレベルが高い企画展です。
共通点と相違点、それぞれの面白さもあって楽しめました。
プルーヴェ展は、八木保とパトリック・セガン、二人の強力な外部キュレーターが中心となって企画されていて、現代美術館はどちらかというと「場所の提供」にとどまっていた感があります。
それに対し、都美術館展は、小林明子学芸員が図録の中で語っているように、この美術館自身とフィン・ユール(Finn Juhl 1912-1989)のつながりという、内発的なアイデアから企画がスタートしています。
今からちょうど10年前、2012年に完了した都美リニューアル工事によって新しく誕生したスペース「佐藤慶太郎記念 アートラウンジ」。
そこに置く椅子に選ばれたのがフィン・ユールとイブ・コフォート・ラーセンによるデンマーク家具でした。
都美に彼らの作品を推薦したのは前川建築設計事務所。
美術館の設計自体を担った前川國男の流れを汲み、リニューアル工事も担当したオフィスです。
アートラウンジ誕生10周年記念の意味も込められた特別展なのかもしれません。
プルーヴェ展はパトリック・セガンと前澤友作、主に二人の個人コレクターによる作品で構成されていました。
フィン・ユール展も元々は個人蔵の作品がその大半を占めています。
本展におびただしい椅子の数々を出展しているのは北海道東川町です。
天人峡温泉や湯駒荘など、温泉宿目当てで数回訪れたことがある町ですが、近年は「写真の町」として売り出し中なのだとか。
知りませんでした。
しかし、この町には最近、もう一つ名物が加わっています。
インテリア、デザイン好きにはこちらの方が有名かもしれません。
「織田コレクション」です。
椅子コレクターで知られる織田憲嗣東海大名誉教授によるこの膨大な収集品は、2017年、東川町の公有財産になっています。
本展はその中から上野に運ばれた作品でほぼ満たされていますから、実質、「織田コレクション・デンマーク編」の引っ越し展覧会といえなくもありません。
都内でこれだけまとまってこのコレクションが披露される機会は初めてなのだそうです。
ほぼプルーヴェ一人を特集していたMOT展に対し、本展ではユールだけではなく、近代デンマーク家具を牽引したデザイナーの作品を含め、その全体の流れもあわせてたっぷりと紹介されています。
面白いのは、現在非常に知名度が高くデンマーク家具の代名詞みたいに扱われているユールが、クリントを中心としたデンマーク・デザインの主流派とは一線を画し、むしろ反目しあっていたという歴史です。
いわゆる、「クラフト」に足場を置いて制作していた主流派に対し、ユールはアルプなどの現代彫刻に大きな影響を受けています。
家具職人的な修行プロセスを経ず、いきなりアート的な見地から造形を主張したユールは、伝統的なクラフトマンシップから出発している主流派には鼻持ちならない存在でもあったのでしょう。
デンマーク・デザインと十把一絡げ的にみてしまいがちですが、その歴史は多層であり、単体の作家に回収されてしまうほど単純ではないようです。
ユールの代表作である「イージーチェア No.45」にみられる、ため息が出そうになるほど美しいその曲線美。
機能性とデザイン性を高次で統合するというデンマーク・デザイン本流との共通点を持ちながらも、その美意識はちょっと一般的な「クラフト」とは異質な印象を確かに受けます。
何より、全く古びないスタイルです。
プルーヴェの椅子がどことなく「工作物」としての強靭さを放つために置く場所をかなり選ぶのに対し、ユールのNo.45は、どちらかというと汎用的にさまざまなリビングに溶け込む雰囲気を持っています。
このイージーチェア、当然に欲しくなるのですが、お値段は100万円のオーダーを下りません。
家具というより「工芸」の価格です。
会場には鑑賞者が作品に座って体感することができるコーナーが設営されていました。
これは当然に織田コレクションではなく、家具販売代理店企業数社の協力によるものです。
ユールのNo.45やクリントの「フォーボーチェア」など実際に座ってみるとますますほしくなってしまうものばかり。
プルーヴェ展とは違い、物欲をいたく刺激される展覧会でした。
https://www.tobikan.jp/finnjuhl/