藤田美術館の塔と快慶仏

 

藤田美術館の「塔」といえば、一般的にこの美術館のシンボルでもある庭園の多宝塔ということになるわけですが、実は収蔵品の中にもう一つ、素晴らしい塔があります。

 

両部大経感得図」二幅のうちの一枚、「善無畏」に描かれた五重塔「金粟王塔」がそれ。

平安時代末期、1136(保延2)年、藤原宗弘が描いたという、この時代の絵画にしては制作記録がはっきりしている作品です。

 

10月に入り、藤田美術館では、「奈」と題された一画を設け、主に奈良・平安・鎌倉時代の仏教に関連した傑作の数々を展示しています(「奈」のコーナー展示は2022年10月1日〜12月27)。

国宝、「両部大経感得図」も披露されました。

fujita-museum.or.jp

 

五重塔が描かれた図の正式名称は「善無畏金粟王塔下感得図(ぜんむいこんぞくおうとうかかんとくず)」。

口を開けて放心しているような善無畏が印象的ですが、これは文殊師利の力によって空中に現れた大日経供養法のパワーに感応し経文を唱えている様子を描いたものとされています。

場所は当然に天竺、インドの地。

しかし、ここに描かれている山々や植物は明らかに大和絵のスタイルに拠っています。

藤原宗弘は密教伝説の内容をそのままに、図像自体は当時の宮廷絵画作法で描ききっていて、そこに神秘さと優雅さが不思議に合一したハイブリッドな魅力が現れているように感じます。

そして、その象徴ともいえる造形が金粟王塔。

当時のインドに木造の塔はありませんから、本来は石造のストゥーパが善無畏の横には立っていたはずです。

しかしその形象を知るよしもない院政期の宮廷絵師は、目に馴染んだ日本の塔を忠実に描き込むことになりました。

リアルなようでいて「あり得ない」平安の天竺塔。

素晴らしい幻想絵画です。

900年近く前の岩絵具とは思えないくらい、鮮やかな朱や緑、金で施された細密な表現が残されています。

リニューアル後の最新照明装置で浮かび上がる金粟王塔の美しさに息をのんでしまいました。

 

 

展示では「両部大経感得図」が近代以降に辿った数奇な歴史も解説されています。

もともとこの絵は、天理にあった「内山永久寺」が所蔵していました。

明治の廃仏毀釈によって礎石も含めて徹底的に破壊され、境内地の大半が田畑になってしまったという悲惨なお寺です。

「感得図」で善無畏を導いた文殊菩薩を寺の本尊としていたにもかかわらず、廃寺の折には寺僧がその仏像を斧で叩き割るという暴挙に出ています。

さすがにこれはやりすぎと判断した役人によってその僧は追放され、残された数々の仏教美術品は村の有力者に預けられることに。

やがて藤田傳三郎に代表される資産家たちの手に渡ることになります。

この「両部大経感得図」に関しては、当時の堺県令であった税所篤が一旦入手し、彼を経由した後、藤田男爵家の所有するところとなったとする説が畑中章宏『廃仏毀釈』(ちくま新書)に記載されていました。

いずれにせよ、内山永久寺の苛烈な最期を考えると、よくもこんなに状態良く残ってくれたものと思います。

藤原宗弘「両部大経感得図

 

廃仏毀釈に関係する大傑作がもう一点、今回「奈」のコーナーに展示されています。

快慶作「地蔵菩薩立像」。

 

ヒノキから掘り出された58.9センチの木造彫刻。

この像も13世紀、鎌倉時代初期の作品としては信じられないくらい鮮やかな彩色と截金の文様が残っています。

独立型展示ケースに収められているので360度、余すところなく鑑賞できるのですが、驚くべきことに、この像はその後ろ姿に至るまで豪華な色彩装飾を纏っています。

快慶晩年の作と伝わる作品。

スタイリッシュさを特徴とするこの仏師が到達した美意識が生み出した精華そのものを観るようです。

これもリニューアルによって著しく展示効果が向上した例の一つでしょう。

快慶「地蔵菩薩立像」

さて、極めて保存状態の良い「地蔵菩薩立像」なのですが、一時はむき出しのまま無造作に扱われていたことが写真記録から判明しています。

この像を明治初期に所有していたのは興福寺

ここも廃仏毀釈の嵐に翻弄された大寺院です。

多くの寺僧が春日大社の神官として復飾してしまい、上知令によって経済基盤をも滅失してしまった興福寺は、塔頭寺院などに伝わっていた数多の仏像を売却。

この「地蔵菩薩立像」も他の仏像群とともにまるで買い手を待っているような気の毒な様子がカメラに捉えられています。

なお快慶は、平重衡による南都焼き討ちで焼亡した興福寺本体の再興には関わっていないとされていて、この像も大乗院あるいは一乗院といった院家に伝来していたと推定されています(奈良国立博物館の説)。

小ぶりの立像ですが、とびきり情報量の多い美観に覆われた名品であることを再認識しました。

 

「奈」のコーナー以外にも竹内栖鳳の巨大ライオン図や、名物茶碗「大井戸茶碗 蓬莱」など、見どころだらけの展示品の数々。

定期的に訪れたくなる美術館です。