利休生誕500年展、ではない京博「茶の湯」展

 

特別展 京に生きる文化 茶の湯

■2022年10月8日〜12月4日
京都国立博物館

 

今年2022年は千利休(1522-1591)生誕500年というキリの良いアニバーサリーイヤー。

各地でこれに因んだ企画が開催されています。

京博の「茶の湯」展もてっきり利休に関連した企画と勝手に思っていたのですが、やや様子が違っていました。

www.kyohaku.go.jp

 

なんといっても「茶の湯」展ですから、利休に焦点を当てたコーナーは当然にあり、三千家や藪内家もしっかりお宝を提供しています。

しかし、京博からプレスされている文章や広告宣伝物に「千利休生誕500年記念」の文字は、瞥見した範囲ですが、確認できないのです。

せっかくの記念イヤーであり、おそらく企画立案の初期段階では「500年」が意識されたと推測されるのですが、本番では「利休記念」のイメージを回避しているようにも見えます。

 

千利休を大特集した企画展としては、1990年、京博自身によるその名もズバリの「千利休展」がありました。

利休没後400年を記念していて、展覧会のタイトルにも「四百年忌」と明示されていました。

この展覧会からすでに30年以上経っているので、今年ふたたび大利休展を企てても別に問題はないはずですが、京博はその方針を、あえて、とらなかったことになります。

 

余計なお世話ではありますが、どういう事情なのか推察してみました。

 

まず、利休関連に特化してしまうと、実は、展示ラインナップがちょっと地味になってしまうという問題があるかもしれません。

なにせ「侘び」の人です。

もちろん利休の生きた時代は桃山ですから、関連の輪をやや強引に広げればいくらでも変化に富んだ作品を集められるはずですが、室町将軍のレガシーなどあたりになるといくらなんでも時代的に難しいため、超国宝級の名品となると数が限られてきそうです。

 

一方、東京国立博物館が、5年前、2017年に大規模なその名も「茶の湯」展を開催しています。

さらに2020年にはこれもその豪華さで圧倒した「桃山」展が東博では開かれています。

つまり利休関連の特級名物が、近年、すでに東京で多数展示されてしまったという経緯が確認できるのです。

全くの邪推ですけど、京博としては、記念イヤーだからといって安直に利休や桃山茶道具に特化することも、王道の茶の湯特集で東博の後塵を拝するのも面白くなかったのでしょう。

 

そこで持ち出してきたテーマが「京」、ということではないかと勝手に想像しています。

この展覧会の主眼は、実は、副題である「京(みやこ)に生きる文化」にあることが鑑賞を進めていくとはっきりしてくるのです。

結果的にこの方針のおかげで扱う歴史の幅が当然のことならがぐんと広がり、展示品が非常に深く変化に富んだ構成になっています。

 

例えば、「茶」という文字の記録だけみれば、すでに平安時代前期、仁和寺に残る資料(国宝「仁和寺御室御物実録」)にその表記が確認できることが丁寧に紹介されていて、驚きます。

栄西による喫茶導入以前の歴史から、近代数寄者のコレクションまで。

総花的な面はあるものの、所々に超有名品が散りばめられ、緩急がつけられた展示構成になっています。

 

特に最近修復を終えたという国宝「宮女図」と龍光院曜変天目が同居している展示室は前例のない神秘の美空間でした。

伝 銭選「宮女図」(部分)

 

最後の展示室には同志社新島襄夫人八重が使っていた茶道具が置かれていました。

茶道人口が圧倒的に女性優位となった現代の状況を、ここに展示された大名物を所有していた過去の大茶人たちは予想もしていなかったでしょう。

ちょっと皮肉を効かせたともいえるエピローグ展示になっていたと思います。

 

いつも安祥寺の五智如来像が鎮座している巨大台座スペースには、さすがに小さい茶道具を置くわけにもいかなかったのか、代わりに今はなき「伏見桃山キャッスルランド」の遺産「秀吉の黄金茶室」と、「待庵」の再現模型が並置されています。

ややくすみも帯びた黄金茶室は、待庵よりもある意味、侘しい雰囲気を漂わせていました。

 

前期(10月8日〜11月6日)と後期(11月8日〜12月4日)とに分けられています。

注意が必要なのは、各期の中でも実は目玉作品の展示期間が細かく限定されていること。

例えば先にふれた龍光院の国宝「曜変天目」は10月23日、「宮女図」は11月2日までの展示です。

極端なものでは徽宗皇帝筆と伝わる例の特級国宝「桃鳩図」。

これは11月3日から6日までのなんと4日間の限定公開です。

 

なお「宮女図」(個人蔵)は、京都の後すぐ、神戸市立博物館で開催されている「よみがえる川崎美術館」展(この絵の展示は11月15日〜12月4日)にまわりますから結構忙しい。

 

さらにもっと忙しいのは狩野秀頼筆の「観楓図屏風」でしょうか。

10月23日までの前期内限定展示となっています。

あれっ、と思うわけです。

この作品は東京国立博物館が所蔵する「国宝」です。

東博では10月18日から館蔵の国宝を全て展観するとして大騒ぎになっている大国宝展が始まっています。

会期が重複している「観楓図屏風」はどうするのかと東博側のスケジュールをみたら、この屏風は来月末11月29日から12月11日(最終日)までの展示。

狩野秀頼はこの秋、東海道を行ったり来たりと大忙しです。

 

東博も京博も、露出によるダメージを抑えるために展示期間を短くしているのでしょうけれど、短期間での移動と展示作業の方がよほど作品保護の面から言えばリスキーでしょう。

観る機会が増えるという意味では結構なことではありますが、この「細切れ展示替え作戦」はなんとかならないものかと常々思います。

その点、今回、メインビジュアルにも採用されている孤篷庵の名宝大井戸茶碗「銘 喜左衛門」は通期展示の貫禄を見せ、展覧会の顔役をしっかり担っていて立派でした。