ミーシャ・ラインカウフ 「Encounter the Spatial — 空間への漂流」
■2022年10月1日〜23日
■京都芸術センター
「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2022」に関連した展示企画です。
ミーシャ・ラインカウフ(Mischa Leinkauf 1977-)による映像2作品が、京都芸術センターの南北2つのギャラリーで公開されました。
ラインカウフというアーティストを初めて知りました。
かなり「行動」の人、のようです。
単なるアート系映像作家ではありません。
世界各地の海や高層建築などに実際「身を投じ」て作品を創り出してしまうことで、その場の異界性と現実性を反転させてしまうような芸風をもっているアーティスト。
「国境」の意味を、それが引かれた海に潜ることで意味性と無意味性を撹乱する《 Fiction of a Non-Entry(入国禁止のフィクション)》(南ギャラリーで上映)は、そんなこの人の特徴をよく表している作品といえます。
ただ、やりたいことがわかってしまっているので、なんとなく単調に見えてきてしまい、これは早々に切り上げ。
もう一つの作品、《Endogenous Error Terms(内生的エラー)》をじっくり鑑賞してみました(北ギャラリー)。
壁面の中央にさほど大きくない画像が映し出されています。
壁一面に大きく展開していた《 Fiction of a Non-Entry 》とは対照的。
1〜2分程度、さまざまな「穴」からみた外景が固定カメラで撮影されている、それだけの映像。
全体で17分ほど。
これは面白い作品でした。
都市の下を流れる暗渠の出口付近がとらえられています。
あえて小さいサイズにすることで、観客を出口の手前に広がる暗渠の中にいるような感覚に誘う仕組み。
場所は東京、モスクワ、エカテリンブルク(ニコライ2世一家が殺害されたロマノフ王朝終焉の地)などさまざま。
光景の数としては東京が一番多いように見受けられました(実際暗渠の中に入ったことは幸運にもありませんから、はっきりとは場所を確定できませんが)。
東日本大震災直後に撮影されたのだそうです。
近年の大規模再開発で、渋谷駅周辺では今やわずかな場所を残してほぼ暗渠化してしまった渋谷川が、ちょっと地上に顔を出していた場所とみられる映像も中にはありました。
川の流出口だけでなく、下水道の中からマンホールを見上げたようなシーンも含まれています。
小さな画像に比べて、とてつもなく巨大な要素が仕組まれていました。
音響です。
室内の四隅に加え前方に多めのスピーカーが置かれていています。
「穴」の中を音によって再現しようという試み。
ほとんどが静かな水流の音や、かすかに聞こえる外界のノイズで満たされています。
しかし、ときに、暗渠の上を走る大型車両がたてる「ゴトン」という轟音が鳴り響き、身体全体を震わせます。
目が慣れてくると、本当に暗渠の中で息を潜める小さな生物に自分がなってしまったような錯覚に陥ってきました。
巨大で深い音響によって、ピチャピチャとした水の音が身体全体を包むように感じられてきます。
まるでタルコフスキーの「ストーカー」の世界に立ち入ったかのような錯覚を得てしまいましたが、ラインカウフがあの映画作家が企図とした「トンネル」の異空間性を意識しているのかどうかはわかりません。
都市の暗渠は、普段、その姿を巧みに隠していますけれど、実は生活者のすぐ足の下を縦横無尽に走って別世界をつくり出しています。
ほんの数メートルの差で、時空までもが全く違っているようなアナザー・ワールド。
その「境界」、暗闇と光の世界の端境に身を潜める感覚。
どんよりと、そして、新鮮な体験を味わうことができました。