中信美術館の「八木明」展

 

八木明 ―磁の流れ―

■2022年10月5日~11月25日
■中信美術館

 

中信美術館の1,2階はもとより、エントランスから茶室の中まで、隈なく作品で満たした本格的な個展でした。

祖父である八木一艸、父、八木一夫の作品のみならず、母、高木敏子のファイバーアートまでゲスト出展されていて、ちょっとした「八木ファミリー展」の趣も。

 

おそらく作家自身が本展の企画構成を主導したのでしょう。

とても充実した内容になっていると思います。

例によって入場無料なのですが、これまたいつもの通りしっかり製作されたパンフレットもあわせ、京都中央信用金庫の変わらぬ鷹揚さにも驚く展覧会です。

www.chushin.co.jp

 

八木明は1955(昭和30)年の生まれですから、今年67歳。

本展では1989年の作品から今年出来立ての最新作まで、60点を超える陶芸が披露されています。

いままで個々の作品はいろんな工芸展で見ることができましたが、これだけまとまった数を一度に鑑賞したことはありませんでした。

 

八木明 青白磁入れ子

 

八木明といえば、「青白磁」の人、という印象があります。

実際この展覧会でもその多くを占めていました。

でも、今回何点か、青白磁以外の器を目にすることもできます。

2012年に作陶された「St.Ives」のシリーズは、やや厚めに施された黒や茶色の釉薬が独特の質感を表面に与えていて、ひんやりした質感が持ち味であるこの人の、平時とは違った、濃厚な味わいを楽しむことができます。

 

セント・アイヴスは、濱田庄司バーナード・リーチが共同で窯をつくったことでも知られる、コンウォールに位置する民藝と英国近代陶芸ゆかりの街。

八木はそのリーチ工房でこれらの作品を制作したようです。

濱田やリーチに代表される民藝の世界と八木明の作風はかなり遠いところにあるように思えて意外なのですが、青白磁にはない「土」そのものの手触り感をこの作家もどこかで大切にしているということなのかもしれません。

 

八木明 St.Ivesのシリーズ

非常に規則性をもった形状の美も八木明の大きな特徴の一つだと思います。

大きさを漸減させた同一形状の陶板を重ねた「重皿」の面白さ。

一皿一皿は幾何学的といってもよいくらい整えられているのに、それらが重なると、まるで貝類を思わせるような、有機的な形態を示します。

無限の極小まで連なっていくような「入れ子」の器たち。

洗練されたミニマルな要素と遊び心が融合した独特の陶芸世界がどの作品からも出現しているように感じられました。

 

偉大な祖父と父を持つ人です。

祖父一艸は、楠部彌弌等と共に大正期から戦後まで、京都陶芸界に重きを成した大家。

一方、父の八木一夫は、一艸の作風はもとより伝統的な陶芸そのものから大きく逸脱しつつ、一時代を築いた「走泥社」の結成主要メンバーとして、その作品は今でも大人気。

八木明は、ちょっと語弊があるかもしれませんが、いわば隔世遺伝的に祖父の「ロクロ技」を受け継ぎつつ、父からはカタチの面白さと奥深さをえぐる眼を受け継いでいるようなところがあるようにも思えます。

しかし、「三代目」の重さは余人が知るよしもないことで、現在の作風、技術を会得するまでのプロセスは壮絶なものがあったのではないか、とも推察しています。

 

「ライアン・ガンダーが選ぶ収蔵品展」(東京オペラシティ)での清水柾博作品

先日まで京都国立近代美術館で開催されていた「清水九兵衞/七代清水六兵衛」展では、江戸時代から続く陶芸の家、清水家の伝統を養子として受け継いだ清水九兵衛のダイナミックな軌跡が丁寧にトレースされていました。

清水九兵衞の長男、八代清水六兵衞(襲名前は柾博)は1954年生まれと、ほとんど八木明と同世代にあたります。

面白いことに、この八代六兵衞も柾博時代からどちらかというとミニマルなモダン陶芸を志向していて、出来上がる作品の趣は、八木明と八代六兵衞、両者当然に全く違いますが、その静謐な作風に共通した精神を感じることができるような気がします。

共に、伝統陶芸の世界から大きくはみ出した芸術を生み出した父親と、古典や伝統の重さを意識しつつ時代を牽引した祖父をもつ五条坂の三代目と八代目。

それぞれ技術をしっかり重視しているところも似ています。

 

八木明 青白磁輪花重皿

どれも工芸風に名前をつけると「青白磁」なのですが、八木明が生み出す器の肌には、全体としての透明感を失わずに、それぞれに階調を変えた繊細なグラデーションの個性美が現れています。

さらに、磁器本来のもつ清潔な冷たさの中に、どこか不思議な温かみも共存。

生真面目なほど幾何学的に配慮された形状なのに、ファンシーな愉悦感がそっと仕込まれているようにも見えてくる独特の世界。

中信美術館のとても快適な空間の中でじっくり堪能することができました。

 

なお、本展は作家の意向により全作品、写真撮影OKとなっています。