今年の正倉院ペーパーナイフ

第74回 正倉院展

■2022年10月29日〜11月14日
奈良国立博物館

 

今回の正倉院展、メインビジュアルに選ばれた宝物は「漆背金銀平脱八角鏡」でした。

昨年の華麗な「螺鈿紫檀阮咸」はもとより、例年の目玉出展品と比べても、やや地味な印象を受けますが、繊細さを極めた鳳凰の造形など、じっくり見るほどに引き込まれる唐代のレガシー。

やはり、素晴らしい逸品でした。

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ありがたいことに今年も人数制限をかけた日時予約制が継続されています。

コロナ以降に導入されている措置ですが、結果的に鑑賞環境の改善に甚大な効果を発揮していますから、ぜひこの新しい伝統は絶やすことなく続けてほしいものです。

各回の入場開始時刻から30分程度経過すれば入口の大行列もきれいに解消され、特に夕方近くになると館内自体の人口密度も薄くなってきます。

快適とまではさすがにいえませんけれど、入館タイミングのコツをつかめば「普通」に鑑賞できるようになった正倉院展

「混雑害+マナー知らずの老害人+居座り単眼鏡自慢マニア」によるトリプルパンチが約束されていたような催事なのでしばらく避けてきましたが、前年に引き続き鑑賞に至りました。

 

昨年、特に感銘を受けた宝物に、「刀子(とうす)」があります。

平城京の貴人たちが身につけていた、ペーパーナイフ。

紙を切ったり、木簡に書かれた文字を消して再び使えるようにするなど、「消しゴム」としての機能も持っていた奈良時代ステーショナリーです。

 

斑犀把緑牙撥鏤鞘金銀荘刀子

今回は二口、出展されていました。

まず「斑犀把緑牙撥鏤鞘金銀荘刀子(はんさいのつか りょくげばちるのさや きんぎんかざりのとうす)」。

8センチほどの小刀です。

とても小さいのですけれど、鞘には深みを帯びた緑を背景として微細に様式化された花鳥の文様があしらわれ、極限にまで洗練された優美なデザインがはっきりと視認できます。

象牙に淡青の染色を施した後、文様部分を削り出して地の白をだすという撥鏤の技法が使われているそうです。

さらに把の部分も味わい深い。

やや赤みを帯びたように見える犀の角には複雑な斑が浮かび上がっています。

腰につけ、一種のアクセサリーとしても用いられた刀子。

遠目ではほとんどわからないディテールに徹底的なこだわりをみせているところに、江戸時代の根付趣味にも似た、天平人のお洒落感覚が表れています。

斑犀把緑牙撥鏤鞘金銀荘刀子の刀身

 

平城京男子たちの研ぎ澄まされたセンスを感じさせる逸品が、「黒柿把鞘金銀荘刀子(くろがきのつかさや きんぎんかざりのとうす)」です。

現在、入手困難なことで有名な黒柿ですが、当時としても貴重な工芸材として扱われていたようです。

初出展。

この一口は、先にみた緑牙の刀子とは対照的に、全く彩色や文様が施されていません。

余計な装飾や加工はせず、黒柿の持つマットで深い味わいを大切にした仕上げ方。

素材自体が備えた質感の良さと希少性を、所持している本人はもとより、その価値を周囲の人々も十分知っていないと意図されない造形ともいえます。

モダンなセンスにも通じる当時の工人や発注者の高い趣味性を感じることができました。

黒柿把鞘金銀荘刀子

 

面白いアクセサリー系の珍品も今回、展示されていました。

「紐類残欠」。

これは刀子や錦袋など、さまざまな装飾品を腰からぶら下げるために使われた紐が束ねられたもの。

奈良時代のストラップ、といったところでしょうか。

緑や紫に染められた紐が丁寧に組まれていて、こんなところにもいちいちこだわる当時の美意識が感じられます。

平成時代のごく短い期間、ケータイに夥しいストラップをつける風習が流行りましたが、平城京の人たちにも同じようなトレンドがあったのかもしれません。

もちろん、ケータイストラップみたいに節操なくジャラジャラさせたらせっかくのお洒落刀子が台無しになりますから、そこはスマートに衣服で隠したりと工夫はしたのでしょうけれど、何本も絡みついた紐をみると、天平人の無邪気さが感じられてもきます。

 

紐類残欠

今回展示されているアクセサリー類は、いずれも当たり前ですが「宝物」ですから、一般の天平貴族が身に着けていたものより格段に上質なものと想定されます。

しかし、だからといって、刀子や紐の実用性がないがしろにされているわけでもありません。

展示宝物を通じて当時の人々の仕草、振る舞いの一端を想像できる楽しみがありました。

 


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