木島櫻谷の山水と扇

 

特別展 木島櫻谷 ― 山水夢中―

■2022年11月3日〜12月18日
泉屋博古館

 

宮脇賣扇庵 天井画制作120周年特別企画「木島櫻谷の扇展」

■2022年11月16日~12月7日

 

木島櫻谷リバイバルが進行しています。

昨年は嵐山の福田美術館が姉妹館の嵯峨嵐山文華館と二館同時にこの画家の大特集を企画しましたが、今年も南禅寺南陽院で「再発見」された襖絵の大作が特別公開されるなど、京都のあちらこちらに櫻谷作品が出現。

 

この櫻谷再評価の機運を盛り上げている中心にいるのが泉屋博古館です。

南陽院の襖絵発見とその公開もここが実質的に主導し実現したといって良いのでしょう。

今年はついに同館の実方葉子学芸部長自らが『木島櫻谷 画三昧への道』を上梓、櫻谷研究のメッカになった感があります。

 

昨今の櫻谷人気は、愛らしい鹿の図像をはじめとした彼の動物画が牽引しているようです。

しかし、個人的にはどうも日本画に描かれた哺乳類全般が苦手で、櫻谷についても「寒月」など、わずかな例外を除き、あまり興味がわきません。

 

しかし、今回の泉屋博古館による櫻谷特集は「山水」。

スケールの大きい屏風から葉書絵まで。

櫻谷文庫が保管している写生帳の数々には生々しい画家の筆使いが感じられます。

フレームの大小に応じて独自の世界を写しだす櫻谷の多彩な芸術を、期待通り、存分に味わうことができました。

 

 

圧巻は千總が蔵する六曲一双の巨大屏風「万壑烟霧(ばんせいえんむ)」です。

1910(明治43)年、第15回新古美術展に出品された画家34歳のときの水墨。

南禅寺南陽院の襖絵も同じ年に描かれたとみられ、手法やモチーフが良く似ていると感じます。

年中、旅と山登りを繰り返していた山元春挙ほどではありませんが、木島櫻谷も特に若い頃、遠方まで足を運び、各地での写生を旺盛に行っています。

「万壑烟霧」には、大分の耶馬溪甲州昇仙峡、飛騨の山々などで櫻谷が観察写生した風景のイメージが投影されているのだそうです。

急峻な角度をもった岩山がモチーフとなっていて、一見、中国山水画のように感じるのですが、明清水墨のような観念的な描かれ方ではなく、基底には確かに「写生」の温かいリアルがあります。

驚くのはその構図のうまさと、微細な墨の濃淡で表現された遠近、空気感の素晴らしさ。

1メートル70センチくらいの高さ、左右合わせて11メートルを超える大画面いっぱいに雄大かつ幽玄な景色が破綻なく広がっています。

 

千總は実際にこの大屏風を店内に飾ったことがあるのでしょうか。

三条室町に山水がそのまま持ち込まれたかのような気配を感じさせますから、かなりお高い呉服でもこの屏風の前なら大いに売れたかもしれません。

 

他方、モノトーンの「万壑烟霧」の隣には、大阪歴史博物館から運ばれた大作、「暮雲(ばくうん)」がみずみずしいグリーンの色調を会場内に反映させていました(11月17日からの展示)。

1918(大正7)年、第12回文展出品作。

「万壑烟霧」と同じような題材なのですけれど、こちらは全く印象が異なります。

鮮やかな色彩の有無だけではなく、山々の描き方そのものが様式化されていて、時代は明治から大正に進んでいるのに、「暮雲」はむしろ近世絵画に近づいたような古典美を感じさせます。

 

木島櫻谷は実に様々なスタイルを画風に取り込んでいた人です。

写生をベースとしたリアル表現の対極というべき琳派風のデザインをも得意としていました。

「万壑烟霧」と「暮雲」は、対照的な作風を見せながら、写実美と様式美をどのような塩梅で差配するか、櫻谷の中で行われた配合の妙を感じさせる点で、どちらも、この画家ならではの作品と感じます。

 

 

さて、鹿ケ谷の泉屋博古館と連携をとるように、六角富小路の宮脇賣扇庵が木島櫻谷をとりあげています。

無料の店内イベント「木島櫻谷の扇」展では、山水図とは別種の櫻谷芸を観ることができました。

ここは明治京都画壇の大家たちが腕を競った天井画があることで有名ですが、櫻谷も「献詠磨研」と題した画を描いています。

梶の葉と朱い軸を持った筆をおしゃれに配置した王朝風のデザイン。

すぐ隣に描いている大先達、谷口香嶠に遠慮してか少し控えめなところが逆に面白いところです。

 

この扇店のために櫻谷が小さい扇面へ描いた花鳥や動物の姿は、ごくわずかな筆数なのに、一目でその正体が判明するほど鮮やかです。

竹内栖鳳が端的に指摘しているように、写生を極めることによって、はじめて「筆を省く」ことができます。

木島櫻谷の「省筆」の凄さは、まさに栖鳳の言葉を裏付けているようです。

洒落っ気とスタイリッシュ感がほどよくブレンドされていて、気取ったところが全くありません。

かしこまった席というより、仲間内でカジュアルに使う場面で映えそうな扇が多かったのが印象的でした。

写生の人が手に仕込んだデザイナー感覚の面白さを宮脇賣扇庵展では楽しむことができました。

 



なお、泉屋博古館の企画は、来年6月から7月にかけて、六本木一丁目の泉屋博古館東京に巡回するそうです。

 

動物画、山水画と櫻谷特集を組んできた泉屋博古館

近年マクリの状態で再発見されたという「かりぐら」を一度ちゃんと鑑賞してみたいのですがまだ機会を得ずにいます。

次回は人物、特に歴史画に期待したいところです。

 

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