アウグスト・マッケ「公園で読む男」

 

京都国立近代美術館で開催されている「ルートヴィヒ美術館展」(2022年10月14日〜2023年1月22日)。

実業家ペーター・ルートヴィヒとその妻イレーネのコレクション寄贈がこのミュージアム発足(1976年)の起因となっているわけですが、それ以前に、ケルン市にもたらされた、ある個人コレクションも美術館を特色づける大きな要素となっています。

www.nact.jp

ケルンで弁護士として活動していたヨーゼフ・ハウブリヒ(Josef Haubrich 1889-1961)の収集によるドイツ近代アートの数々もこの美術館を代表する重要な作品群として知られています。
今回展示されているハウブリヒの収集品はいずれも主張の強い表現主義新即物主義芸術が中心で、P.ルートヴィヒが好んだロシア・アヴァンギャルドポップアートとは一味違った傑作が揃えられています。

ハウブリヒと同時代人であり、展覧会の冒頭を飾るこの弁護士の肖像画を描いているのはオットー・ディクス(Otto Dix 1891-1969)です。
苦味の効いた直截的な画風で激しい賛否の声を巻き起こしたノイエ・ザッハリカイトを代表する画家です。
このディクスに代表されるように、ハウブリヒが集めた作品群には、戦前ドイツのいわばモダン・アート、後にナチスがその烙印を押すこととなる「退廃芸術」が多く含まれていました。

 

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ハウブリヒは1923年、早くも自身のコレクションをケルン市に寄贈しようと申し出ます。
しかし当時の市長、コンラート・アデナウアー(後の西ドイツ初代首相)に断られてしまったのだそうです。
ナチスと距離をとっていたアデナウアーにしては意外な対応なのですが、結果的にこの「拒絶」のおかげで、ハウブリヒのコレクションは彼個人の所蔵品として守られ、ナチスによる収奪・破壊を受けることなく終戦を迎えることになりました。
戦後、1946年、あらためてハウブリヒはコレクションの寄贈をケルン市に申し入れ、それらはまずヴァルラフ=リヒャルツ美術館に収蔵されます。
同館から近現代部門が分離独立し、ルートヴィヒ美術館が創設されることに伴い、ハウブリヒのコレクションもそちらに移管されました。

今回来日しているアウグスト・マッケ(August Macke 1887-1914)の「公園で読む男」(Lesender Mann im park)は、ハウブリヒが直接購入した絵画ではありません。
1948年、ヴァルラフ=リヒャルツ美術館が、寄贈されたハウブリヒ・コレクションをさらに拡充するため、ケルン図書館から買い取ったものです。
寄贈品をコアにしながら関連する作品を補っていくというルートヴィヒ美術館の方針はこの頃からすでに確認することができます。

マッケは「青騎士」に参画したメンバーの一人ですが、カンディンスキー等、中心となってこの運動を推進した芸術家たちよりも少し若い世代に属しています。
1914年、第一次大戦で戦死。
27歳と、結果的に他の青騎士メンバーに比べて極端に若い年齢で亡くなってしまいました。
活動期間が短い割に作品はそれなりに残されていてドイツを中心に様々な美術館にマッケの絵画が収蔵されています。

 

アウグスト・マッケ《公園で読む男》

「公園で読む男」は1914年、まさに画家が亡くなる年に描かれた作品です。
といっても、この絵から不安や死といった要素を連想させるような暗さは全く感じられません。
マッケ自身、病いにおかされていたわけではないし、この年の9月、シャンパーニュの戦場で命を落とすことを予感していたわけでもないでしょうから、当然ではあります。

ただ、それにしてもとにかく「明るい」のです。
ドイツ表現主義に一応分類される「青騎士」に属したアーティストたちの作品の多くには、色彩や図像表現に独特の強さ、濃厚さが感じられます。
そこにはある種の陰影深い「重さ」が伴っていることが多いと思います。
ところが、マッケのこの絵には、そんな表現主義独特の重厚感よりも、むしろ「爽快感」の方を強く覚えます。

公園で新聞らしいものを読んでいる男の姿は、周りの木々なども含めてかなり具象的ですが、他方で、男の表情など細部の具体的描写は全て排されています。
具象と抽象が不思議なバランスで調和する中、まるで絵自体に光源があるかのように色彩が軽やかに躍動し、公園を吹く微風まで感じられるようです。
マッケはロベール・ドローネーの影響を強く受けたといわれていて、確かにその色彩感覚に類似性が認められますが、といって、ドローネーほど「色」そのものにこだわっているようにもみえません。
描くこと自体への素直な喜びと、色彩への探究心が幸福に結合しているような、なんともいえない清々しい空気が感じられるのです。
今回、並列して展示されている他の画家たちの作品が、やや暗く陰鬱なモチーフを題材にしていることもあって余計、マッケの明るさと爽快感が際立ってしまっているようなところもありますが、特に展覧会前半、非常に印象に残った作品でした。

ほどよくモダンな雰囲気も兼備しているマッケの絵画は、CDのジャケットなどにも結構使われています。
一番有名なものとしては、ピエール・ブーレーズクリーヴランド管を指揮して録音したマーラー交響曲第4番(DG)があげられるでしょうか。
ボン美術館蔵の「トゥーン湖の庭」が採用されていました。
マッケは短い後半生の多くをボンで暮らした人です。
ボン美術館には最大規模と言われるマッケのコレクションがあり、「アウグスト・マッケ・ハウス」という個別の施設まであります。
どこかパウル・クレーの世界とも通じるものを感じさせる画家です。
でもクレーの幻想味をおびた多面的な抒情性とは少し違った、率直な色使いと図像表現にとても良い意味での稚い美を、マッケからは感じます。

 

www.kunstmuseum-bonn.de

 

Mahler: Symphony No. 4

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