サントリー美術館の智積院展

 

京都・智積院の名宝

■2022年11月30日~2023年1月22日
サントリー美術館

 

サントリー美術館、久々の大規模「出開帳」展です。

東山七条に大伽藍を構える智積院から寺宝の数々が東京ミッドタウンに出張。

この種の企画としては2018年の秋に公開された「醍醐寺展」以来でしょうか。

 

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現在、智積院は新たな宝物館を建造しています。

今までの宝物館は有名な庭園の南側、拝観受付所に隣接していましたが、新しい建物は、これも最近建て直されたばかりの智積院会館北側に位置しています(2023年1月現在工事中)。

外観を見ると2階建てとなっていて、平屋だった従来の宝物館より一回り以上、大きくなるようです。

本展は移転に伴う宝物館閉鎖を機会に寺宝をまとめて東京で展観してしまおうという企画です。

 

智積院 旧宝物館

智積院 新宝物館(工事中)

従来の宝物館は長谷川等伯とその一門による障壁画を気前よく常時公開していて、間近に国宝をいつでも鑑賞できた点で素晴らしかったのですが、巨大な桃山絵画を展示するにはややスペースとして無理があったように思います。

特に作品と鑑賞者を隔てる手すりのようなバーがいかにも邪魔で、ちょうど良いバランスで鑑賞しようとすると、どうしてもそれが視界に入ってきてしまう。

100%、作品の全体像を視認することが実は難しい環境にありました。

新しい宝物館ではおそらくそうした問題が解消されるのでしょう。

楽しみです。

 

本展ではその新宝物館での展示に先立ちに、六本木の理想的な空間で智積院の名宝を鑑賞することができます。

サントリー美術館では、今回、長谷川等伯の「楓図」と息子久蔵の「桜図」を贅沢に横一線のレイアウトで設置し、自然光を意識した淡い白色系の照明の下でたっぷり展開。

何も邪魔するものがないニュートラルな環境でじっくり両作品を鑑賞することができました。

これって実は稀有な機会だと思います。

 

等伯の「楓図」と並べられて久蔵の「桜図」を観ると、より一層、後者のもっていたと思われる清新なセンスが際立つように感じられました。

造形と色彩、双方で途轍もない情報量を画面に盛り込みながら天才的な構図でまとめ上げられた「楓図」と見比べると、「桜図」では色の数が意識的に抑制され、桜花のデザインはまるで判で押したようにことごとく統一されていることが明確に伝わってきます。

豪快な永徳流の狩野派絵画とは一線を画し、全方位的に豊穣な絢爛さで勝負に出た等伯に対し、久蔵の仕上げ方は緩急のリズムを優先していて、一種の様式美的な世界に近づいているようにも感じられます。

永徳から探幽へと遷移した、その同じような美意識の変化が、等伯と久蔵の間にも、すでに、ひょっとしたら起こりはじめていたのではないでしょうか。

桃山美術のもっていた奔放なある種の表現主義的なセンスが次第に形式美の世界に移ろっていく流れ。

久蔵がもし夭折していなかったら、父等伯と芸風の上で実は深刻な相剋を生んでいたかもしれません。

楓と桜の前を行ったり来たりしながらそんなことを想像していました。

 

智積院といえば、とにかく長谷川派による障壁画なのですけれど、今回の出開帳企画展では真言密教寺院としての絵画群をはじめ、しっかり他のお宝も開陳されています。

従来、智積院宝物館では展示機会がなかったとみられる国宝、張即之による書「金剛経」もその一つ。

今回初めてじっくり鑑賞することができました。

一文字一文字の中に微細なバランスで濃淡と緩急が込められていて、静かに音楽が漂うような書です。

気品と生命感を絶妙な塩梅で混合したような楷書の美。

この国で書の「お手本」として尊ばれてきたことも理解できます。

金剛般若経」は特に禅宗で重視される経典なので、真言宗智積院になぜこの名宝が伝わっているのか不思議なのですが、その来歴はいまだにはっきりしないのだそうです。

 

新しい宝物館では長谷川一派による障壁画以外の、こうした寺宝も展観機会を増やしてもらえるのではないかとさらに期待が高まる展示でした。

 

サントリー美術館のように日本美術のエキスパート学芸員がいるミュージアムで本格的な出開帳企画が開催されると寺宝を網羅した丁寧な図録が制作されることも魅力です。

堂本印象の襖絵まで取り込んだ本展の図録は「楓図」や「桜図」を折り込みの大型ページで掲載していて見応えがありました。

 

 

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