東本願寺 大寝殿と白書院 特別公開



京都駅前の大伽藍、真宗本廟東本願寺の境内。

その中心となる建造物である壮麗な御影堂の北側にもかなり広い寺域をもっているのですが、通常は関係者しか立ち入ることができない非公開エリアとなっています。

 

2023年「京の冬の旅」企画では、その非公開区域の一角、大寝殿(おおしんでん)と白書院が特別公開されています(2023年1月7日〜3月16日)。

滅多にない機会なので覗いてみることにしました。

なお、この「京の冬の旅」では写真撮影NGとする寺社が多いのですが、東本願寺では気前よく、今回特別公開されている部分の全域で制限なく撮影OKとなっています。

 

御影堂門から入って右(北側)、参拝接待所の前に設けられた受付で見学料を支払い、高松伸にしては極めて控えめなデザインで設計された接待所ギャラリーを抜けると大寝殿が姿を現します。

意外なことにこれが東本願寺最古の建造物です。

1864(元治元)年の「禁門の変」でこの寺院はほぼ全焼してしまいました。

寝殿は、御影堂や阿弥陀堂の再建(1895年)に先んじ、いち早く、1867(慶応3)年に新造されています。

元号が明治に変わる直前、江戸時代最末期の遺産です。

古典的な近世様式の建物で大きな特徴があるわけではありません。

多数の門徒衆を一挙に収容するためかシンプルに広い面積の確保が優先されています。

 

竹内栖鳳「古柳眠鷺」

 

見どころは二つあると思います。

第一に、広間の奥に描かれた竹内栖鳳による障壁画です。

1939(昭和9)年の制作。

三面から成る作品。

向かって右(北側)から「風竹野雀」、「歓喜」、「古柳眠鷺」と題されています。

大きな空間を意識して、栖鳳にしてはざっくりとした筆で描かれた「風竹野雀」と「古柳眠鷺」に対し、真ん中の「歓喜」では対照的に小さな雀たちが彩色豊かに写実を尊んで描き込まれています。

栖鳳はこれ以前に、御影堂門楼上内の天井画を引き受け、「飛天舞楽図」を描こうとしたものの、結局断念するというちょっとスキャンダラスな一件を起こしていますが、東本願寺自体との関係は良好に継続していました。

この大寝殿に残る障壁画は、未完となった縦8メートルに迫る天女たちの下絵とともに東本願寺に残された栖鳳の貴重な遺産となっています。

竹内栖鳳「風竹野雀」



寝殿エリア、第二の見どころは、この建物自体ではなく、そこから眺める「菊の門」ともよばれる「勅使門」です。

設計は京都府技師、亀岡末吉(1865-1922)。

この門は烏丸通に面して建っていますから境内の外から間近にいつでも観ることができます。

しかし寺の内側から眺めることができるのは通常時、関係者だけ。

今回は高松伸によって整備された大寝殿前のコンクリート打ち放し空間を手前に「勅使門」を別のアングルから鑑賞することができました。

ただ、最近メンテナンスが完了して往時の輝きを取り戻した「阿弥陀堂門」(重文)に比べ、こちらの門はやや傷みが目立つように感じます。

当初の完成絵図をみると、門の外装は黒漆で覆われ、西本願寺の国宝唐門を意識したような華麗な彩色装飾が施されていることが確認できます。

その輝きを再現することは費用的に今や困難かもしれませんが、一部剥離しているようにも見える檜皮葺の屋根などはそろそろ修繕した方が良いのではないか、と余計な心配をしてしまいました。

亀岡末吉 東本願寺 勅使門(内部からの眺め)

 

さて、華麗な勅使門の設計者、亀岡末吉によるもう一つの建築物が今回公開されている「白書院」です。

1911(明治44)年の竣工。

施工したのは同じく東本願寺御影堂門を設計施工した市田辰蔵です。

桁行九間、梁間六間半の規模をもつ、おそらく市内に現存する亀岡建築では最大級の建物。

しかし、優美な「亀岡式」で埋め尽くされていることで知られる仁和寺宸殿の仕様に比べると、東本願寺白書院は、その質実さが印象的です。

亀岡末吉 東本願寺 白書院

質実とはいっても、欄間にみられる繊細な細工の数々には亀岡らしいセンスが感じられ、小壁にいちいち書き込まれた藤のみせる装飾性豊かな表現と結合し、ユニークな空間が現出しています。

豪華な金箔で覆われた上段の間は格調高く書院造のスタイルを踏襲。

帳台構や違棚などにも亀岡の趣向が取り入れられているようです。

亀岡は建築家ではありますが、もともとは東京美術学校(現在の東京藝大)で日本画を学んだ人です。

建築装飾だけではなくこの白書院では絵画面をも実質的に監督していました。

白書院を彩る障壁画類は幸野楳嶺(1844-1928)の長男森本東閣と同じく次男の幸野西湖、そして谷口香嶠の弟子であった伊藤鷺城といった楳嶺系の画家たちが亀岡の指図に従って描います。

楳嶺本人も白書院に付随する能舞台の鏡板に松を描いていますが、白書院竣工時、すでにこの巨匠は亡くなっていますから時代が合いません。

実はこの能舞台は、昭和に入ってから、楳嶺が存命だった時期に一旦仮に建てられていたものをここに移築したものです。

残念ながら楳嶺の松は保存を優先し、板で覆われているため、観ることはできません。

 

東本願寺 能舞台



東本願寺の非公開エリアには大寝殿や白書院とは別に、同じく亀岡末吉による「黒書院」や、武田五一の設計による建築が残る「内事」とよばれる事務所棟があるのですが、こちらの一般への公開はまず難しいとみられます。

ただ「内事」についてはつい最近、2020年に「真宗本廟(東本願寺)内事建築群総合調査報告書」という詳細なレポートが出版されているので、実見はできないものの、おおよその雰囲気は確認できると思います。

ci.nii.ac.jp

 

東本願寺ではまもなく、3月25日から宗祖親鸞の生誕850年などを祝う「慶讃法要」の大イベントが予定されています。

その前の静かなこの時期、じっくり見学することができました。

 

亀岡末吉 東本願寺 白書院内部



白書院欄間の一部

白書院 違棚

 

白書院 帳台構