京都国立近代美術館のリュイユ展|ソパネン・コレクション

 

リュイユ ー フィンランドのテキスタイル:トゥオマス・ソパネン・コレクション

■2023年1月28日〜4月16日
京都国立近代美術館

 

京近美で開催されているミニ特別企画です。

4Fのコレクション展スペースの一部を割いて多彩な作品が紹介されています(コレクション展料金範囲内)。

規模は大きくありませんが、未知だった色彩と質感(触ることはできません)の世界をじっくりと堪能することができました。

www.momak.go.jp

 

まるでフランス語のような響きをもつ「リュイユ」という言葉。

"Ryijy"と綴られるフィンランド語です。

語源としてはスカンジナビア半島で用いられていた「厚手の布」を意味する"rya"からきているそうです。

歴史を遡ればヴァイキングの時代、湿気に弱い皮製品に代わる防寒具、寝具類として使われはじめたという実用的な繊維製品。

太めに編まれたウールの毛糸を切り揃え、絨毯状に編み込んでいく基本構造をもっています。

フィンランドで独自の伝統工芸として発展を遂げ、今では同国を代表する染織芸術として評価されています。

 

と、知ったかぶっても仕方ありません。

本展を観るまで、この言葉自体、知りませんでした。

フィンランドのテキスタイルデザインといえば、例えば最近各地で展覧会が開かれた「フィンレイソン」などが有名ですが、「リュイユ」は工業繊維製品とは全く別種の手仕事系の工芸です。

フィンランドにおける「民藝」の一種と言えるかもしれません。

 

トゥオマス・ソパネン(Tuomas Sopanen 1945-)という人物のリュイユ・コレクションから主にモダン・リュイユといわれる1950年代以降に制作された逸品の数々が紹介されています。

ソパネンの経歴などは図録などをみてもよくわからないのですが、どうやら本業は植物学者(ヘルシンキ大学で斯界の博士号を取得)。

そのコレクションはヘルシンキ国立博物館に次ぐ規模なのだそうです。

個人でコツコツ集めたとみられますが、巨大な作品も多いリュイユを650点以上も所有。

そのコレクター熱に驚きます。

アクセリ・ガッレン=カッレラ「炎」

リュイユが世界的にファイバー・アートとして初めて認知されたのは1900年のパリ万博。

アクセリ・ガッレン=カッレラ(Akseli Gallen-Kallela, 1865-1931)がデザインした作品がフィンランド館で発表され、注目を浴びたことがきっかけでした。

と、京近美の解説で紹介されているのですが、1900年パリ万博というところが凄い。

この「第5回パリ万国博覧会」は、一連のパリで開催された万博の頂点ともいわれ、規模も質もずば抜けた祭典であったことで知られています。

ミュシャやガレの華麗なアール・ヌーヴォー作品などが会場を埋め尽くした大世紀末万博。
黒田清輝が傑作「智・感・情」を出品したことでも知られています。

つまり、会場は見どころで溢れかえっていたわけで、そんな中、いくら歴史があるとはいえ、豪華さとはほど遠い手工芸のリュイユが話題となったこと自体、大変なことだったと推測されます。

そのガッレン=カッレラのデザインをもとに1983年に制作された「炎」が展示されていました。

どことなくアール・ヌーヴォー風のうねりのような曲線が感じられ、そこがウケたのかもしれませんが、その不可思議な紋様は確かに独特で、万博客の眼に強く印象に残ったことも納得できる傑作です。

 


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50年代以降になると、リュイユは作家性を帯びたアートとして再注目されるようになっていきます。

本展のキービジュアルに採用されているウフラ=ベアタ・シンベリ=アールストロム(Uhra-Beata Simberg-Ehrström,1914–1979)の作品は、方形を組み合わせたようなシンプルなパターンをとりながら、その膨大な毛糸の生み出す色調の組み合わせに、なんともいえない深みが現れていて、一瞬で好きになりました。

毛糸で編まれた室内装飾品といわれると、どうも民芸的、あるいは家庭的な、悪く言っちゃうと「おばさん臭い」イメージがあったのですけれど、シンベリ=アールストロムの芸風には全くといって良いほどそういう雰囲気が感じられません。

むしろマーク・ロスコ画のような静かなモダンさがかっこいい。

しかし近づいていってよくみると、それは当たり前ですけど、「毛糸」なわけです。

クールな視覚での印象とは対照的な、触ってみたくなるような温かみが、同時に表面から漂ってきます。

 

ところで、アルヴァ・アアルトは大のリュイユ嫌いだったのだそうです(図録に収録されているハッリ・カルハの論考による)。

言われてみれば、それはそうだったのだろうと思います。

洗練されたモダニズムの人、アアルトからみると、モジャモジャとしたリュイユのもつ雑味を伴った質朴さは室内装飾として許せないものがあったのでしょう。

確かにシンプルなモダン・リビングにモワッとした質感を主張するリュイユは合わせにくいかもしれません。

ただ、今回展示されている、特に70年代以降の作家性が高いリュイユを観ていると、意外とモダン系の室内にもマッチしそうな作品がありそうです。

むしろいかにも北欧系のウッディな室内に飾ってしまうと、毛糸のもつ手芸色が勝ってしまいダサくなりそうにも感じます。

自分の部屋に飾るとすれば、どのリュイユが良さげか、などと、できもしない買い物の想像をするのも楽しい展覧会でした。

 

なお本展は、京近美の後、今年の4月29日から7月17日にかけて、山形、東根市美術館に巡回する予定です。

 

ウフラ=ベアタ・シンベリ=アールストロム「採れたての作物」