明治の江戸琳派|出光美術館 旧プライス・コレクション展より

 

江戸絵画の華〈第2部〉京都画壇と江戸琳派

■2023年2月21日~3月26日
出光美術館

 

出光美術館のプライス・コレクション取得記念展です。

全体のタイトルは「江戸絵画の華」と銘打たれていますが、第1部と第2部で全ての作品が入れ替わりますから、実質、二つの展覧会から構成されている企画。

若冲ファンの皆さんで賑やかになることが予想された第1部「若冲と江戸絵画」(2023年1月7日〜2月12日)は遠慮し、第2部のみ鑑賞に至りました。

第1部と比較してやはり地味なラインナップとみられたようで、日時指定予約はあっけないくらい簡単に完了。

入場者数制限が奏功してか、かなりゆったりと鑑賞することができました。

 

idemitsu-museum.or.jp

 

「エツコ&ジョー・プライス コレクション」の大規模な里帰り展を、過去、2回鑑賞しています。

2006年から07年にかけて開催された「プライス・コレクション 若冲と江戸絵画」展(東博他を巡回 / 九州国立博物館で鑑賞)。

そして2013年に東北3県を巡回した「東日本大震災復興支援 若冲が来てくれました」展(岩手県立美術館で鑑賞)。

06〜07年の里帰展を最後に、日本へのまとまった作品出張展は今後予定しない、としていたプライス夫妻ですが、東日本大震災の発生に衝撃をうけ、被災地を励ますため、前回展の内容をほぼ踏襲した13年展の企画が実現しています。

 

出光美術館が2019年、プライス・コレクションの一部を大量に一気買いしたというニュースは随分と話題になりましたけれど、あらためて今回のお披露目展で驚いたのは、展示されている作品の多くが、直近2回の里帰展で来日していたものと共通していることです。

 

出光佐千子館長が図録冒頭の文章で述べているところによると、この美術館が取得した作品のほとんどは、プライス夫妻が、LAのカウンティー美術館「日本館」では公開していない、「自宅で大切にされてきた絵画コレクション」なのだそうです。

過去の来日展でその多くが披露されてきたということは、常々、プライス夫妻が日本の観客に共感してもらいたいと願っていた秘蔵近世絵画の数々ということなのでしょう。

かなりの高齢となったジョー・プライス(Joe D. Price,1929-)は、愛蔵絵画の行末を出光に託したことになります。

複数回の来日で目に馴染んでしまった作品も多いので、結果的にその大半が有楽町に収まったことはご同慶の至りとしか言いようがありません。

 

第2部は、円山派を中心とした近世京都画壇と、酒井抱一と彼に連なる江戸琳派の系譜、二つのテーマが設定されています。

応挙とその弟子筋たちによる名品も素晴らしかったのですが、面白さという点でいうと、江戸琳派、それも抱一や鈴木其一以降の絵師たちが、思いのほか、楽しめました。

 

 

江戸琳派といいますけれど、その流れを汲む絵師たちは江戸時代終焉とあわせて唐突に消え去ったわけではありません。

 

鈴木其一の子、鈴木守一(1823 - 1889)は明治22年まで生き、旺盛に制作を続けています。

旧プライス・コレクションの中では「扇面流し図屏風」が最も知られている作品でしょうか。

金地に群青の流水を背景に古典的な図像が扇の中に描かれた技巧的な絵画で、鮮やかな青の使い方などは其一ゆずりの作風とみられますが、全体としてはむしろ抱一を意識したすっきりとした構図と色彩が印象的な大作です。

 

鈴木守一「扇面流し図屏風」(部分)

 

またこの人は「描表具」(かきひょうぐ 「描表装」「絵表装」とも)の達人としても有名。

「描表具」は、表具の部分まで描き込んでしまい、ときには本紙と表具の境界を越え、まるで図像が「額」からはみだしているかのように錯覚させる一種のトロンプ・ルイユといってもよさそうな効果をねらった絵画。

その代表的な作品としてすでに複数回来日してきた「秋草図」が出光美術館のコレクションに加わっています。

「描表具」自体は守一が発明したわけではなくて、父其一も盛んに描いていましたが、守一の「秋草図」には、様式性を強調した其一よりも、写実性が重視されている分、「だまし絵感」が強く出ていて、この手法の面白さではお父さん以上かもしれません。

 

鈴木守一「秋草図」(部分)

 

 

酒井抱一の実質的な後継者は鈴木其一です。

他方、「抱一の家」としての系統は彼の号であり隠居した住まいの名でもあった「雨華庵」(うげあん)として複雑につながれていきます。

 

酒井道一(1846-1913)は、酒井抱一の弟子であった山本素堂の次男として生まれましたが、後に酒井鶯一(酒井鶯浦の養子・その鶯浦自身も養子ですから抱一と血のつながりは全くありません)の娘と結婚し、雨華庵四世として明治以降も抱一の系統を継承した人物です。

大正期まで活躍した道一までくると作品はほとんど明治時代が中心となります。

このことからも、プライスは"Edo period"に別にこだわっていたわけではなく、好みの画であれば時代に関係なく手中にしてきたことがわかります。

 

酒井道一「秋草に鶉図」

 

ただ道一の絵をみていると、「抱一の家」を嗣いだ自負と画風の葛藤のようなものが現れているようにも感じます。

例えば「秋草に鶉図」。

一見、琳派的デザイン性が守られていますが、秋草と月、そしてウズラ、それぞれが妙にチグハグな存在として同居。

薄と満月が曲線を重ねるところも、様式性よりも作為性が強く、単に不自然さが目立つ結果となっているようにも感じます。

ただ、そうした「迷い」のようなものが独特の味わいをこの絵に与えているようなところもあって面白く鑑賞できました。

 

出光美術館がプライス財団から買い取った作品の総数は約190点にのぼるのだそうです。

今回は1,2部合わせておよそ80点、「選りすぐり」の作品を展示しているとのこと。

では残りの110点余りの作品はたいしたことがないのか、といえば、そういうことでもないのでしょう。

早く今回出光が買い取ったプライス・コレクションの全貌が知りたいところです。

 

酒井道一「四季草花図屏風」(部分)