菊池芳文の「桜」 |京都市京セラ美術館

 

2023年3月の終わり。
岡崎公園周辺の桜が満開になりました。
一昨年と昨年はコロナの影響でこの辺りの花見客も少なかったのですが、今年は海外勢を含め、それなりの人出となっています。

さて、現在、京都市京セラ美術館では、常設展「コレクションルーム 2023 春期」(2023年3月10日〜6月18日)が開催されています。
この館内でも、見事な「桜」を観ることができます。

kyotocity-kyocera.museum

 

菊池芳文(1862-1918)の筆による八曲一双の大作、「春の夕・霜の朝」(1903)です。

なお、京都市美のコレクションルームは、基本的に撮影不可ですが、数点、OKとなっているものもあって、今回はこの作品の他、丹羽阿樹子の「ゴルフ」「遠矢」などが対象となっています。

 

菊池芳文「春の夕」(京都市美術館)

 

左隻に冬の早朝、右隻に春の夕暮れが描かれています。
大胆に余白がとられ、全体の色調が統一されているので、まるで、ひとつづきの風景のように初めは感じます。
ところがよく観ると、左隻の冷え冷えとした空気と、右隻のほんわかとした気温の違いが実感されてきます。

春を描いた右隻は、寺院のような建物の瓦屋根を描いて全体の奥行き感を出しつつ、今が盛りの桜が画面の手前に枝を伸ばしています。
一羽のカラスを桜に休ませ、数羽のスズメを建物の奥へと飛ばせる構図。
いかにも長閑な風景ですが、実は巧に立体感とリズムが仕込まれているのです。

1903(明治36)年、大阪で開催された「第五回内国勧業博覧会」で二等を受賞。
この美術館のコレクションを代表する傑作です。

 

菊池芳文「霜の朝」(京都市美術館)

 

菊池芳文は、周知の通り、明治京都画壇における巨匠です。

ただ、「幸野楳嶺門下の四天王の一人」、あるいは「菊池契月の養父にして師匠」という、大雑把な人間関係はよく説明されるものの、京都市美の解説文にもあるように、肝心の芳文本人がどういう画家だったのかとなると、なんとなくぼんやりした印象。

少し彼のバイオグラフィーを復習してみました。

 

 

文久2年、大阪で書画や表具を扱う家に生まれた芳文は、はじめ、滋野芳園という絵師に学びますが、この人は弟子を放置して行方不明になってしまったのだそうです。

突然師匠を失った芳文を救った人物が幸野楳嶺(1844-1895)です。
余芸として絵を嗜む程度だったという若き芳文を、楳嶺は自宅に4年間も寄宿させ、画業の追求を熱心に勧めました。
結果、次第に芳文は頭角を現し、さまざまな展覧会などで受賞の実績を上げ、「楳嶺門下四天王」の一人として画壇に重きをなしていくことになります。
画家にして特級の教育者でもあった楳嶺の持っていた才能を見抜く力にも驚くエピソードです。

「四天王」の内、他の3人はその画業が比較的イメージしやすい作家といえるのではないでしょうか。
竹内栖鳳(1864-1942)は、いうまでもなく京都画壇、というより近代日本画そのものを代表する大家の一人です。
谷口香嶠(1864-1915)は、人物画・歴史画分野の第一人者として名を為しました。
禅の影響を受けたという都路華香(1871-1931)は、四条派の伝統とは異質のユニークな画風を確立しています。

では、最年長でもあった菊池芳文を代表するモチーフはというと、「花鳥」ということになるようです。
特に今回展示されている「春の夕・霜の朝」によって「花鳥画の芳文」という評価を決定的なものにしたとされています。
ただ、温和だったという性格に加え、この、いかにも伝統的な題材を得意としていたこともあって、3人と比較すると、キャラクターがはっきりしにくいのかもしれません。

しかし、芳文の描く花鳥、特に「桜」は、一般的には両立し難いと思われる要素、「格調高さ」と「親しみやすさ」が同居していて、見飽きることがないのです。
写実に徹するわけではなく、かといって、様式美を主張するわけでもない。
いつまでもその花の前に居たくなるような、懐かしさと心地よさ。
「春の夕」に描かれた花は、今、疏水のほとりに咲き誇る実物とその美を競えるくらい素晴らしい存在感をもっていると感じます。

 

菊池芳文「小雨ふる吉野」(東京国立近代美術館)

 

さて、京都市美の「春の夕」とは別に、芳文の画業を代表する「桜」の名品が知られています。
東京国立近代美術館が所蔵する「小雨ふる吉野」(1914)がそれです。

現在、竹橋の東近美では「美術館の春まつり」と題したコレクション展が開催されています(2023年3月17日〜4月9日)。
まったくの偶然だとは思いますが、実は、ここにその「小雨ふる吉野」も展示されているのです。

www.momat.go.jp

 

「小雨ふる吉野」には、「春の夕」とはまた違った、豪華さと清楚さが重ね合わされたかのように咲き誇る吉野桜が見事に描かれています。
こちらも大変なマスターピースです。

菊池芳文「小雨ふる吉野」(部分・東京国立近代美術館)

平安神宮を擁する岡崎と、千鳥ヶ淵近くの竹橋。
西と東の名所で同時に「桜」を咲かせる菊池芳文。
そろそろ来週前半あたりには本物の桜は散ってしまいそうですが、もうしばらく芳文の桜は楽しめそうです。