マベル・ポブレット WHERE OCEANS MEET
◼︎2023年4月15日〜5月14日(京都国際写真祭)
◼︎京都文化博物館 別館
今年も「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が始まりました。
中京エリアを中心に15のアーティストたちが、大小さまざまな規模の会場を舞台に紹介されています。
10回記念だった前回は、ギイ・ブルダンやアーヴィング・ペン、奈良原一高といったかつての大写真家たちがやや目立っていました。
今回は、石内都などメジャーな名前もみられるものの、総じて中堅若手の実力者や個性派の面々が集められたようです。
文博別館には、キューバ出身のアーティスト、マベル・ポブレット(Mabel Poblet 1986-)が招かれています。
実質的なフラッグシップ会場を飾るにふさわしく、非常にユニークな美観を備えた作品たちが展開されていました。
この企画は、今年の3月1日から4月2日かけて銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催された展覧会の巡回です(こちらは鑑賞していません)。
全体企画はクロエ・トリヴェリーニ(Chloé Trivellini)という人物が担当しているそうです。
京都では文博会場内に、例によって凝った展示装置が構えられ、迷路のような壁が鑑賞者を取り囲みますから、銀座とは一味違った場が創造されているといえるかもしれません。
「写真らしい写真」は一点もありません。
折り紙を思わせるような造形を多用した作品や、映像をとりいれたもの、それに、全く被写体自体が存在していないインスタレーションもあります。
さまざまなメディアが駆使されているのですが、共通したトーンが感じられます。
「青」です。
"WHERE OCEANS MEET"というタイトルからも想像できるように、「海」や「水」が重要な鍵となっています。
当然に青色が基調になるわけですが、ポブレットが仕込む「青」からは、独特の透明感と不思議な「明るさ」が顕著に感じられます。
会場2階で流されている映像の中で、ポブレットは、キューバからの脱出を図る移民たちと「海」との二面的な関係性を静かに語っています。
会場内でひときわ目立つ「ISLAS」(2022)は、上から吊るされた無数の青い写真断片が鏡面で覆われた壁の中に漂っているインスタレーションですが、これも「海と移民」からインスパイアされた作品なのでしょう。
海は、移民たちを外界へ運んでくれることもあるし、逆にのみ込んでしまうこともある、希望と絶望が渾然一体となった巨大な存在です。
「ISLAS」では、作品内に入った鑑賞者に、海へと投げ出された人たちが見たかもしれない幻影を想像させるような企図が含まれているようです。
(補足)
会場ではスタッフの方から、「紙片の中に突入しないで」と案内されますが、ポブレットの意図は「海に呑み込まれた人」の喚起であり、写真断片や糸が鑑賞者の身体に絡みつくところまでが、この「ISLAS」の目的の一つであることは、念頭においておく必要はありそうです。
なお、鏡となっている内壁と紙片群の「隙間」をそっと歩くことは可能です。
(補足終わり)
不運な移民たちの死を呑み込んでいく海。
しかし、ポブレットの作品には、こんな悲愴なテーマにふさわしそうな、暗さや濁り、不穏さといった要素がほとんどみられません。
むしろ、作品自体は極めて明るいのです。
アーティストが語る「海と移民」のイメージを前提とすると、不謹慎なくらい、「軽さ」まで伴っているように感じられます。
でも、次第に、作家の異様ともいえそうな情念が作品から伝わってもくるのです。
大量の青い断片が制作された「ISLAS」や、執拗に同じ形でつくられた「花」のようなパターンがピンで打ち付けられた「NON-DUALITY」(2022)からは、静かにポブレットが行った鎮魂の作業が浮かび上がってきます。
一見、ポップなイリュージョンのように、鑑賞者を油断させておきながら、実は、海の深さそのものがジワリと表現されているようです。
昨年、この京都文化博物館別館では、ギイ・ブルダンのレトロスペクティブが展開されました(これもシャネル・ネクサス・ホールの提供)。
ファッション写真の大家を特集した前回と比較すると、今回はかなりの変化球。
「写真」というより、インスタレーションでメイン会場を飾ってしまったとも言えるわけで、シャネルの意向もあったのでしょうけれど、ある意味、思い切った企画かもしれません。
京都グラフィーでは、会場自体の展示仕様も見どころの一つです。
今回も文博別館では、おおうちおさむ が展示を手がけています。
カラフルに曲面を多用し、一種のラビリンスを作り出した前回のブルダン展とは違い、今回は作家の「青」に呼応したかのように、外壁はこの色のみで統一。
色味が工夫されていて、いずれも作品がよく映える背景フレームになっているように感じました。
ポブレットの作品自体、ある意味、とても情報量が多いので、背景によって全体が散らからないようにも配慮されているようです。
絶妙にフレームが配置されているので作品間でハレーションが起こることもありません。
とてもよく考えられている展示設計だと思います。