ローランサン&プーランクの「牝鹿」と 2枚の名盤

 

マリー・ローランサンとモード

■2023年4月16日〜6月11日
京都市京セラ美術館

 

好みではない、むしろ嫌悪感すら覚えることが多いのに、なぜかその作品に出くわしてしまう画家がいます。

 

マリー・ローランサン(Marie Laurencin 1883-1956)です。

 

現在、京都市京セラ美術館で、彼女とシャネル(この人も苦手です)を組み合わせた展覧会が開催されています。

さんざんに迷いましたが、今回はどうしても気になる作品があったので覗いてみることにしたのでした。

kyotocity-kyocera.museum

 

気になっていた作品。

まず一点目は「黒いマンテラをかぶったグールゴー男爵夫人の肖像」(ポンピドゥー・センター蔵)です。

この絵は、アルバン・ベルク四重奏団が1983年頃に録音したラヴェルドビュッシーによる弦楽四重奏曲を収めたディスクのジャケットに採用されていた作品です。

フランス系のカルテットとは違う、うねるように官能的な色彩と隙をみせないテクニシャンぶりで仕上げられていて、しばらく両曲のベスト盤として人気があった一枚。

私も昔、ずっとこれを聴いていたので、ジャケ絵が目の奥に刻まれてしまっていたのです。

 

初めて実物を鑑賞しましたが、男爵夫人の顔、その表情の描き方などは、この画家特有の、俗っぽい乙女チック要素が少し抑えられてはいるものの、やはり好みではありません。

しかし、背景にみられる深みのある色彩はこの人固有の表現であり、ジャケ絵では感得できなかった複雑な油彩のニュアンスを確認することができました。

 

フランス近代絵画がテーマとなった企画展や、その方面のコレクションが中心の美術館に行くと、みたくもないのにしばしばローランサンと出くわすのです。

この人の人物表現、世界観みたいなものにどうも私は惹かれるところがなくて、展示空間で遭遇すると「またローランサンがいる」と、ちょっとイラついたりもするのですが、これって、逆にいうと、相当にその画風が強烈に個性的であるという証拠でもあるわけです。

みたくもないのに目に入ってきてしまうのですから。

 

油彩であるにもかかわらず、まるで水彩の筆で描いたような独特のタッチ。

濁っているようでいて透明感が逆に際立ってくるような色彩の置き方。

明らかに拙い技法なのに、この人でしか出せない画風にどうしても目が反応してしまうのです。

 

ローランサン「優雅な舞踏会あるいは田舎での舞踏」(マリー・ローランサン美術館)

 

さて、気になっていた二点目は、一連の「牝鹿」に関する展示です。

バレエ「牝鹿」(Les Biches)は、ディアギレフのプロデュースによって制作されたバレエ・リュスの演目。

1924年モンテカルロで初演された作品です。

ローランサンが衣装と舞台装置のデザインを手がけたことで知られています。

今回の展覧会では、兵庫県立芸術文化センターが蔵する有名な「薄井憲二バレエ・コレクション」から、初演時のプログラムなどこの作品に関連する資料が揃えられていました。

www1.gcenter-hyogo.jp

 

展示解説板の中で、「牝鹿とは同性愛の暗喩」という趣旨の文言が記載されています。

この作品に関して以前はあまり書かれなかった内容で、ちょっとびっくりしました。

 

ローランサンが同性愛者であったことは有名ですけれど、この作品に「牝鹿」というタイトルをつけたのは彼女でもディアギレフでもなく、当然に音楽を担当したフランシス・プーランク(Francis Poulenc 1899-1963)です。

作曲家はディアギレフから、ショパンの曲をオーケストレーションしたバレエ「レ・シルフィード」と同じようなタイプ、かつ、モダン性をあわせもつ音楽を求められ、この作品を書き上げました。

プーランクは、物語性を特にもたないこのバレエ音楽に、ふとした「思いつき」で「牝鹿」と命名したとされています(久野麗『プーランクを探して:20世紀パリの洒脱な巨匠』を参照しました)。

 

当初は「台本」が検討されていたそうです。

しかし、プーランクはそのシナリオ案を退け、ローランサンの衣装と舞台装置のみからインスピレーションを得て音楽を創造したといわれています。

当然に画家と作曲家は密接にコミュニケーションをとったのでしょう。

プーランクレズビアンのメタファーである「牝鹿」という題名をこの作品につけたのは、「思いつき」ではあったにしても、実は相当にローランサンという人物自身をイメージした結果、なのかもしれません。

そして、他ならぬ、プーランク自身、ディアギレフ同様、同性愛者でした。

 

展示会場では、NBAバレエ団が2009年に日本初演を行った「牝鹿」の短い映像が流されています。

衣装や装置はローランサンのデザインを再現しているようです。

ただ、今の眼でみると、お遊戯会的というか、特に際立ったデザインセンスとは正直思えません。

プーランクが本当にこのデザインだけに触発されて「牝鹿」を創ったのか。

ますます謎めいてしまった展示ではありました。

 


www.youtube.com

 

さて、プーランクの「牝鹿」は、彼が20歳代前半に作曲した、初期の代表的管弦楽作品です。

天性のメロディストであったプーランクの才能が一気に華開いたような、とても多幸感に溢れた名曲だと思います。

 

私が主に聴いているのは、以下の2枚、いずれも全曲版ではなく組曲版です。

■ロジェ・デゾルミエール指揮 パリ音楽院管弦楽団 (DECCA)

ジョルジュ・プレートル指揮 パリ音楽院管弦楽団 (EMI)

 

他にも録音はありますけれど、前者の極めて洗練されたタクトさばき、後者のまるでシャンパンでもあおってから指揮をしているのではないかと思わせるような高揚感に匹敵する演奏に、まだ巡り合っていません。

 

プレートルは別に全曲版もフィルハーモニア管と録音していますが、上記組曲版での弾けるような愉悦と、コンセルヴァトワールのオーケストラがもっていた香気が大きく後退しているように感じられるのでほとんど聴くことがなくなりました。

 

Les Biches / Coppelia & Sylvia