特別企画展「異界彷徨 ー怪異・祈り・生と死ー」
■2023年4月28日〜6月26日
■大阪歴史博物館
200点にもおよぶ、かつて人々が「目に見えない力」を信じていた形跡が展示されています。
一部、個人等からのレンタル品もありますが、ほとんど大阪歴博のコレクションから成立している展覧会。
常設展料金の600円(一般)で楽しむことができます。
派手なお宝系の作品に頼らず、自前の収蔵品を活用しつつ「企画」の力と「テーマ性」で魅せる特別展です。
古い温泉旅館に泊まったりすると、いわくありげな古民具や、宿に伝わる煤けた絵画などが雑然と展示されているところに出くわすことがあります。
そこから伝わってくる、なんとなく異様な気配。
昔人の情念が凝り固まったような存在感にしばらく身体が動かなくなってしまうような経験を何度かしたことがあります。
一番、印象に残っているのは、群馬、水上温泉郷の奥にある宝川温泉汪泉閣。
東日本一の規模という大露天風呂が有名な宿ですけれど、風呂に行く途中にある小屋のような不思議空間に、巨大な天狗の顔面像や、何やら怪しげな彫像が雑然と置かれていました。
まさに「異界」そのものでした。
この展覧会は、それこそ秘湯宿あたりにありそうな「異界」が、大阪城公園横の官庁街に忽然と出現したかのような内容になっています。
こういう雰囲気、大好きです。
妖怪や化物などを扱った第1章、魔除けに代表される習俗を中心とした第2章、神仏や地獄の世界を紹介する第3章と、大きく三つのセクションから構成されています。
かつて実際に神棚として使われていたとみられる伏見稲荷のミニチュアや、清涼寺の大念佛狂言で使用される仮面を模した魔除け「嵯峨面」などからは、それに託した人々の「念」が濃厚な陰影となって現れているような異様さを感じます。
モノそのものに異界性がベッタリと張り付いているのです。
そうした「念」がモノにとりついた代表例が「付喪神」と呼ばれる怪異なのでしょう。
有名な大徳寺真珠庵に伝わる室町絵巻「百鬼夜行図」の、明治時代に描かれた正確な模写が展示されていました。
ただ、絵巻最後の場面は、真珠庵本の「火の玉」ではなく、「日の出」にたじろぐ妖怪たちの姿に置き換えられています。
怪異が怪異そのものとして扱われていた時代から、次第に、妖怪たちをみる目が変わっていったことが伺える興味深い模写でした。
模写といえば、これも有名な「蕪村妖怪絵巻」の復刻版も展示されています。
「妖怪絵巻」はそこで描かれたと推定されていますが、原本自体は所在不明のまま現在に至っています。
昭和3年に北田紫水がその原本から模写版を制作してくれていたおかげで内容を知ることができます。
徘味を伴ったこの図像からも、本当に恐ろしいものというより、幻視を楽しむ近世のエンタメ性がすでに感じられます。
江戸中期、大坂文人サロンの中心にいた木村蒹葭堂が著した『一角纂考』の中から一角獣「ウニコウル」、つまりユニコーンの図像も紹介されています。
彼の師である大岡春卜による怪魚をはじめ、山本素絢が描いた「丑の刻参り」など、狩野派や円山派の絵師たちによる怪異図像の豊富さにも驚きました。
天狗に河童といったお馴染みのキャラもいるわけですが、「地震の虫」やら「石虎」など、想像を絶する奇怪な存在も展示されています。
近世人たちの幻視性は、ひょっとすると現代人以上だったのかもしれません。
江戸や明治期あたりまでの文物ばかりではありません。
なんと飛鳥時代まで遡る造形も展示されています。
森ノ宮と難波宮の遺跡、つまり大阪歴博のごく近所で発掘されたという「土馬(どば)」二体に惹かれました。
今回の展示では、要領よく各展示品に解説コメントが付けられています。
中でも秀逸だったのが、この「土馬」。
なぜこんなものが作られ、埋蔵されたのか。
二つの説が簡潔に紹介されています。
一つは、おそらくこちらの方が主流とみられる説ですが、「水神への生贄」として用いられたというもの。
土馬が発見される場所は水域が大半であるため、かつて生贄として捧げられていた生き馬の代わりに土で模した「土馬」が祭祀具として使われるようになったのではないかとされています。
もう一つの説は、「土馬」を疫病神を送り返す乗り物として使ったのではないか、というもの。
「本朝法華験記」などには、馬に乗った疫病神がみられるため、乗り物である馬ごと「あちらの世界」へ放逐するという意図が推定できるのだそうです。
「土馬」には脚部を故意に破壊したものが多く見られることが、推論根拠の一つになっているようです。
いずれの説をとるにしても、これらの「土馬」は、意図的に「遺棄」することによってその効力を発揮します(だからそのままの形で「発掘」もされるわけです)。
どこに捨てるのか。
その場所こそ「異界」だったのでしょう。
「土馬」から漂う素朴に不気味な存在感は、飛鳥人たちの「目に見えない世界」への畏怖そのものがいまだに張り付いていることによって、生じているのかもしれません。
怪異系の展示品だけではさすがに地味すぎると考えられたのか、橋本関雪の「邯鄲夢枕図」や、長谷川宗也の「柳橋水車図」の大画面が会場に色彩を与えています。
偶然ですが、現在、中之島香雪美術館では、宗也の父、長谷川等伯による同じモチーフの傑作「柳橋水車図」が展示されています(「修理のあとに エトセトラ」展 2023年4月8日~5月21日)。
両館をはしごすると、この父子の、その才能の驚くほどの違いを目の当たりにすることができると思います(余談でした)。
なお、大念佛寺から出展されている「片袖縁起絵巻」(土佐光芳)、「九相詩絵巻」などの一部例外を除き、大半の作品が写真撮影OKとなっています。