奈良県立美術館の田中一光コレクション

 

開館50周年記念 特別展 
田中一光 デザインの幸福

■2023年4月22日〜6月11日
奈良県立美術館

 

190点を超える田中一光(1930-2002)の作品群が全室をうめつくしていました。

一部、大日本印刷はじめ企業などからの出展品もありますが、大半が奈良県美の収蔵品で構成されています。

この美術館のユニークなコレクションの一端が現された特別展です。

 

なお、奈良県美は2020年1月に「生誕90年 田中一光 未来を照らすデザイン」を開催したものの、コロナ禍により会期を大幅に残してクローズ。

今回は「生誕90年」を「開館50年」に切り替えての、いわばリベンジ企画です。

www.pref.nara.jp

 

ユニークなコレクション、とはしましたが、奈良県立美術館側からみれば、別に不思議なものではありません。

この国におけるグラフィックデザインの巨人、田中一光奈良市で生まれ育った人です。

 

高校卒業後は京都市立芸術専門学校(現京都市立芸術大学)で学んでいます。

田中は、西武セゾングループと非常に深い関わりをもったデザイナーというイメージが強いため、少し意外に感じるのですが、はじめて本格的にデザインの仕事で注目されるようになるのは産経新聞大阪本社に勤務していた頃。

つまりこの人の、アーティストとしての素地がつくられた場所は、ほとんど関西圏なのです。

 

展覧会ではその産経新聞時代、田中に大きな影響を与えた人物について紹介されていました。

吉原治良(1905-1972)です(吉原の作品自体は展示されていません)。

 

当時、産経で手がけていたポスターデザインを、この「具体」の総帥から褒められたことに田中は強い衝撃を受けたと語っています(『田中一光自伝 われらデザインの時代』)。

デザイナーとしての最初期に吉原治良と出会ったことは、以後の田中一光に非常に大きな影響を及ぼしたといえそうです。

いわれてみれば、吉原のシンプルな「円」の図像と、田中のこれまた極端にシンプルな造形センスには、強く通底するものを感じます。

 

吉原治良「作品(黒地に白円)」(京都国立近代美術館で撮影)

 

 

代表作としてメインビジュアルに採用されている「Nihon Buyo」(1981)、「写楽二百年」(1995)はじめ、ポスター分野に大きな成果を残した人です。

 

特に興味深い作品がありました。

「Misic Today85」、つまり「MUSIC TODAY 今日の音楽」に関するポスターです。

1973年から92年まで、武満徹が企画・構成を担当して開催された現代音楽祭。

もちろん実演を鑑賞したことはありませんが、今も伝説的に語り継がれていて、92年の公演を記録したCDなども持っていました。

1985年公演ではロンドン・シンフォニエッタがメインのアーティストとして招かれていたようです。

田中は、一見して光琳の「水流」とわかる大胆な琳派風のデザインでこのポスターを仕上げています。

今みても不思議に古さを感じさせない強さとスタイリッシュさで魅せる作品です。

 

MUSIC TODAYのスポンサーは西武セゾングループPARCO劇場が主な会場でした。

田中一光は1975年、西武グループのクリエイティブ・ディレクターに就任しています。

 

面白い逸話が紹介されていました。

西武百貨店の包装紙デザインについての裏話です。

commons.wikimedia.org

 

この百貨店の包装紙デザインについては当初、コンペが行われたのだそうです。

田中もこれに参加していました。

ところが、このコンペによってデザインが決まることはありませんでした。

最優秀作品として採用するデザインを絞り込めなかったようです。

にもかかわらず、西武の渋谷店が独断で勝手に田中のコンペ案を包装紙として使いはじめてしまったのだとか。

これが評判となったため、結果的に、いわばなし崩しのような形で、お馴染みの青と緑の同心円から成る田中一光デザインの包装紙が定着してしまうことになりました。

当時の西武百貨店がもっていた、よく言えば自由、悪くみれば意外と緩い企業ガバナンスの雰囲気が伝わってくるエピソードです。

 

80年代後半から90年代あたりまで、まさにバブル経済と栄枯盛衰を共にしたようなイメージが残るセゾングループ

無印(良品計画)はセゾンから離脱、LOFTも往時の勢いは全くありません。

 

しかし、田中一光のシンプルゆえに強いロゴデザインは、いまだに存在感を放っています。

 

首都圏中心だった西武セゾングループとの仕事は、地元奈良ではおそらくほとんど直接的なインパクトを残していなかったかもしれません。

しかし、田中は奈良ローカルの成果も出していて、実はきっちり故郷に錦を飾ってもいます。

展覧会では、1988年に開催され、田中がプロデュースに参加した「なら・シルクロード博'88」のポスターや、奈良教育大学奈良テレビのロゴなどが紹介されていました。

 

ポスターやロゴといったコマーシャルデザインではない、純粋なアート作品も数多く展示されています。

洗練された線と形、色彩配分で表された三角や四角、そして円。

田中一光が突き詰めていった造形の美しさ、そのエキスが確認できると思います。

 

なお、写真撮影は一律不可ですが、一部、和室空間での展示のみ、OKとなっています。