西宮市大谷記念美術館の日本画コレクション

 

コレクション展 日本画ことはじめ

■2024年1月13日〜2月18日
■西宮市大谷記念美術館

 

館蔵品を中心に60点あまりの作品がゆったりと陳列されています。

タイトルに「ことはじめ」とあるのは、主に若年層の鑑賞者を意識している企画だからとみられます。

無料配布されているリーフレット「鑑賞ガイド」も親しみやすく、ふりがなが丁寧に付されていました。

しかし、内容的にはむしろ渋い、十分大人向けの作品が並んでいるのではないかと感じます。

特別なテーマ性はありませんが、どことなく初春にふさわしく静かに華やいだ作品が多く楽しめました。

otanimuseum.jp

 

西宮市大谷記念美術館は、よく知られているように、実業家大谷竹次郎(1895-1971)から寄贈された美術コレクションをベースに開館したミュージアムです。
現在、日本画については約150点を収蔵しているそうです。
大谷没後にこの美術館が入手した作品もたくさんありますから、今回のコレクション展で紹介されている作品の全てが彼の遺産というわけではありません。
ただ江戸時代から昭和前期あたりにかけての絵画については大谷コレクションがおそらくその中核となっているのでしょう。
江戸東京、京阪の画壇から名手たちの作品が集められています。

竹次郎は、兄でホテルニューオータニの創業者としても知られる大谷米太郎(1881-1968)とともに、文字通り裸一貫から立身出世し実業界で成功した人物として知られています。
兄弟ともども美術コレクターだったという共通点もありますが、浮世絵などを特に好んだ米太郎の趣味とは少し違い、竹次郎は全体的に東西の近代日本画家を幅広く蒐集していて、その好みはいたってオーソドックスだったようです。
風景画に美人画、動物を描いた作品など画題も実にさまざまであり、ジャンル的にこだわりがあるようにも感じられません。

橋本雅邦、横山大観菱田春草といった東京画壇の巨匠たちが名を連ねる一方、山元春挙竹内栖鳳上村松園など京都画壇を代表する画家の作品もあり、まるで両画壇のバランスがとられているようなラインナップです。
ただ、中でも特に川合玉堂(1873-1957)がお気に入りだったのかもしれません。
若干、他の名人たちよりも数多く展示されていました。
面白いことに、玉堂自身が当初は円山・四条派として画業をスタートさせ、後に東京で主に活躍したわけですから、いわば東西の画壇両方に所縁のある画家です。
意識していたのかどうかはわかりませんが、大谷竹次郎という人のどこか「偏り」を嫌うようなセンスを感じました。

中には1972(昭和47)年の開館以来、展示する機会がなかったという珍しい作品も紹介されていました。
展覧会の冒頭に飾られている「蓬莱山図」もそんな秘蔵品の中からの一枚とみられます。
描いたのは江戸時代後期、19世紀中頃に活動していた狩野晴真という絵師です。
もともとは尾張藩の御用絵師を務めていた人物ですが、江戸に出て木挽町狩野家の晴川院養信(1796-1846)の一門に入り、後に狩野姓の使用を許されたという実力派です。
縦が126、横175センチという大画面の中央に古典的な蓬莱山の図像が描かれ、周囲には鶴が舞っています。
蓬莱山の下は巨大な亀が支え、くっきりとした日輪が朱色を添えるという、コテコテの吉祥画なのですが、破綻なく各々の図像を丁寧に描き込んでいて、末期江戸狩野のきっちりした仕事ぶりが伝わる大作です。

この美術館が最近、特に推している「西宮の狩野派」、勝部如春斎(1721-1784)の大型金屏風「四季草花図」も紹介されています。
金地に余白を上品にたっぷりと残しながら写された草花は非常に繊細な美観をもっていて、狩野派的な岩の表現が見られる一方、大坂の琳派ともいうべき中村芳中の草花図あたりの雰囲気に少し似ているようにも感じられました。

なお、本展の写真撮影は全面的にNGとなっていますが、いくつかの作品は美術館独自のデータベースに登録されています。
如春齋の「四季草花図」も同データベースで確認することができます。
2022年の収蔵となっていますから、大谷コレクションではなく、近年の収集方針に則って受け入れられた作品とみられます。

jmapps.ne.jp

 

有馬に生まれ、専ら西宮で活動した日本画家、山下摩起(1890-1973)の「雪」(1933)も1986年度の受入ですから、開館後に収蔵された作品です。
山下摩起は昭和初期に渡欧した後、かなり激しく現地の影響を受けた人で、この六曲一双の大作にはなんとキュビスムが採用されています。
といってもピカソやブラックのように本家風に徹底した感じではなく、それとなくやんわりと技法を取り入れていて、あくまでも全体は日本画としての趣を維持しています。

収蔵品データベースの解説によれば、帰国後、一旦油絵に筆を持ち替えていた摩起が、日本画に回帰する決心をして描いた作品とのことです。
院展に出品されたという自信作ですが、津田青楓等の審査員たちには理解されず、珍妙にも右隻のみが入選するという複雑な判定を受けています。
ほんのりとキュビスムを取り入れた「雪」は、今みるとむしろ独特のユニークさがあり、もっと評価されても良い作品ではないかと感じました。

アートワークにも採用されている下村良之介(1923-1998)の「水辺屏風」(1972)で展覧会は締めくくられています。
下村自身は京都を中心に活動していた画家ですが、山下摩起といった日本画の革新者たちにつならる関西所縁の人でもあり、この美術館のコレクションとして不思議にしっくりくる作品と感じました。

さて、意欲的な企画が続く大谷記念美術館、次回は「須田国太郎の芸術」(2024年3月2日〜4月21)です。

とても楽しみです。