興福寺五重塔の修復工事と廃仏毀釈「伝承」

 

昨年2023年の夏頃から奈良興福寺にそびえる国宝五重塔の本格的な修復工事が始まっています。
2024年5月中旬現在、いよいよ工事用の足場が初重あたりを覆い隠し、塔の高さをはるかに上回る巨大なクレーンが姿を現していました。

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西金堂跡付近から見た興福寺境内(2022年秋)

 

近鉄奈良駅から奈良公園に向かう場合、一般的には大宮通りを東に進むことが多いと思います。
私は一旦東向商店街に入り、三条通りに出る前、土産物屋「三楽洞」の向かいにある急な坂道を登り興福寺の境内を抜けていくコースをとることが多く、西金堂跡付近からこの五重塔が見えてくるとなんとなくほっとするくらい親しく見慣れた存在でした。

しかしこれからさらに工事が進むと五重塔は完全に姿を隠してしまうことになります。
興福寺掲示している工程表によると今年の夏頃には工事のため塔の周囲にめぐらされる「素屋根」(すやね)が全て完成するそうです。
奈良公園一体のランドマークだった美しい塔は殺風景な巨大金属網に覆われてしまうわけです。

五重塔の工事に伴い隣接する東金堂も現在拝観停止となっていて、塔と東金堂の間を通っている道も閉鎖されています。
境内から奈良公園に抜けるには東金堂の北側を通る必要がありますから、以前と比べて少し回り道をしなくてはいけなくなりました。

 

 

前回の修理は1902(明治35)年だそうですから、約120年ぶりの大修理です。

もともとこの五重塔は730(天平2)年の建立後、度重なる落雷に加え平重衡による南都焼き討ちなどの火災によって5度も焼け落ち、現在みられる6代目の建造物は1426(応永33)年に再建されたものです。
再建とはいえ、まもなくそれからも600年を迎えるという大変貴重な室町時代の大建築です。

 


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明治の廃仏毀釈によって興福寺は甚大な影響を受けることになりました。
明治政府の上知令により寺域の大半が接収され、かつては栄華を誇った有力塔頭の一乗院と大乗院も廃絶し、両塔頭からは寺宝の数々が流出したことで知られています。
(現在、一乗院跡は奈良地方裁判所、大乗院跡は奈良ホテルになっています)

当然、五重塔も大きな危機を迎えることになったようです。
興福寺はこのとき被った状況について公的には認めていないそうなのですが、有名なある「伝承」が残っています(以下は畑中章宏『廃仏毀釈』を参考にしています)。

 

 

 

伝承中の一説によると、興福寺五重塔は、これも国宝である三重塔とともに売却されることになり、当時の価格で250円(諸説あるそうです)の値がついたのだそうです。
しかも買主は塔の保存を目的としていたわけではなく、付随する金属類だけを取り出し、塔自体は焼却してしまおうと考えていました。
近隣住民の反対によってこの話はたち消えになったようです。

また別の説では当時の奈良県令であった四条隆平によって、なんと五重塔の上から網をかけて万力で引き倒すという命が下されたとされています。
ところが堅牢な塔はこの方式で倒壊させることができなかったため、周囲に膨大な量の柴を積んで焼き払おうとしたのだそうです。
しかしこの暴挙も近隣住民の反対によって阻止され、その後、四条県令は異動になったため五重塔消滅の危機は辛くも回避されたとしています。

どちらの説でも地元住民の反対が奏功しているようにみえますが、彼らは塔の文化財的価値を守るために反対したわけではないというところが二つの伝承で共通しています。
近隣住民は塔が焼ける際に飛び散るであろう火の粉による類焼を恐れて反対していたのです。
なんとも世知辛い「伝承」であり、寺側がこれらのエピソードを公的に認めないという姿勢を貫いていることも理解できます。

ここからは個人的な推論ですが、明治初期、興福寺五重塔は相当に損耗が進んでいたのではないでしょうか。
引き倒すだの焼き払うだのといった荒々しいエビソードが伝えられている背景には、文化財として残す価値が低いとみなされるほど塔の外観自体が相当に傷んでいたことが推測できるかもしれません。
廃仏毀釈の嵐が静まり、逆に文化財保護が重視されるようになっていた1902年に前回の大きな修理が行われたこと自体がそれを物語っているようにも思えます。

「伝承」の真偽はともかく、明治の神仏判然令によってこの五重塔がたいへんな危機に瀕したのであろうことは確かなのでしょう。

 

さて、今回の大修理では傷んだ木造部分の修復に加えて屋根瓦の葺き替えや漆喰壁の塗り直しが行われるそうですから見た目にもかなり新しい輝きが加えられそうです。
これから2029年まで修復作業が行われ、2030年中には素屋根が撤去されて再びその美しい姿を見せる予定となっています。

興福寺では全ての工程が終わる時期を2031年3月としていますから、これから約7年間、五重塔の完全な姿を観ることはできません。

なお奈良県では五重塔工事の進捗状況をほぼリアルタイムで公開しています。
五重塔としては東寺のそれに次ぐ2番目の高さを誇り、奈良では最も高い五重塔です。
重要な観光資源の一つとして注視しているのでしょう。

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約12年かけて2021年に完了した薬師寺東塔大修理のように解体までは行わないようです。
文化庁の決定により国庫から補助金が出ることになっていますが、資材高騰はこのプロジェクトにも影を落としていて当初の計画から費用は膨らみ、現在では約57億円のコストが見込まれています。
修理工程が順調に進むことを願っています。

 

興福寺五重塔 2022年秋に撮影