虎屋京都ギャラリーで観る河鍋暁斎

 

虎屋所蔵品展「水のいきもの」

■2024年4月20日~5月19日
■虎屋 京都ギャラリー

 

烏丸一条の虎屋ギャラリーでこの時季らしい画題の日本画や工芸を取り揃えた企画展が開かれています(無料)。

涼しげな土田麦僊の金魚図をはじめ、山元春挙による鯉図など瀟洒な京都画壇作品に混じり、一種異様な一幅が展示されていて驚きました。
河鍋暁斎(1831-1889)による「四季風景五月幟(さつきのぼり)図」です。

 

www.toraya-group.co.jp

 

河鍋暁斎「四季風景五月幟図」(下部)(虎屋蔵)

 

明治時代の作とされていますから虎屋がすでに京都から東京へ移転した後に所蔵された作品とみられます。
ひょっとすると黒川家から河鍋暁斎に直接発注された掛軸なのかもしれません。

端午の節句が描かれた作品です。
当然に吉祥画ということになるのですが上から下まで異様なまでにさまざまなモチーフが組み込まれていることがみてとれると思います。
画面下にある民家の中には男子の成長を祈念する武者人形類が飾られており、軒先には薙刀が置かれています。
庭にもしっかり菖蒲が植えられていますけれど暁斎はそれでも物足りないと考えたのでしょう。
画面右下では一際生命力を主張するかのように柏まで枝葉を伸ばしています。
端午の節句に必要なアイテムがほぼ漏れなく描き込まれているわけです。

一方、上の部分に眼を転じると田園風景を従えつつ高く立てられた鯉のぼりが風をはらんで宙を舞い、とどめのように富士山が最上部から画面世界全体を寿いでいます。
これでもかとめでたい景色を一幅の中に満載しようとする暁斎の度を超したサービス精神に圧倒される作品です。

 

河鍋暁斎「四季風景五月幟図」(上部)(虎屋蔵)

 

河鍋暁斎歌川国芳のもとで絵師としての修行を始めた人ですけれども、後に駿河台狩野家の流れにあった前村洞和の画塾に学び幕末におけるこの流派の伝統をも体得したことで知られています。
四季耕作の風景も狩野派が得意としたモチーフであり、この「五月幟図」にみられる草木や田畑の描写等にそのスタイルがはっきり出ています。
しかし暁斎は画面の中央に遠近感をデフォルメしつつ大胆ともいえる構図で「鯉のぼり」を配すことにより端正な狩野派絵画とは全く違う空気感を画面に与えているように感じられます。
宙に翻る鯉のぼりの存在によって空間の奥行き表現が異常なほど強調されているのです。
観ているとまるで鯉のぼりと一緒になって空中に浮遊しているような感覚を得る奇妙な傑作です。

 

虎屋は他にも河鍋暁斎の作品を保有していて、2019年にサントリー美術館で開催された「河鍋暁斎ーその手に描けぬものはなし」展では、妖怪チックにダイナミックな動きを感じさせる「風神雷神図」が紹介されていました。

www.suntory.co.jp

 

河鍋暁斎風神雷神図」(部分)(虎屋蔵)


今回展示されている「五月幟図」は大回顧企画となった同展に出展されてはいませんでしたけれども細密な描画テクニックと過剰なまでの吉祥モチーフの詰め込み方にいかにも暁斎らしさが現れている典型的な珍傑作といえると思います。

サントリーの2019年暁斎展では別の個人からもう一つの似たような吉祥図が出展されていました。
「幟鍾馗図」がそれで、魔除けの神である鍾馗さんの上に家紋の幡が描かれている作品なのですが、一番上に舞っているのは「五月幟図」そっくりの鯉のぼりです。
虎屋の掛軸よりはかなりシンプルにまとめられた作品でしたが、こちらも異様にリアルな鯉のぼりが印象的な作品でした。

 



ところで河鍋暁斎という人は「鯉」をとても得意とした画人として知られています。
この川魚については暁斎本人がよく語っていたという有名なエピソードがあります。
若い河鍋暁斎が画塾で学んでいた頃、塾生たちと隅田川で大きな鯉を釣り上げたのだそうです。
写生魔の暁斎は一人先に画塾に鯉を持ち帰り、その鱗の数まで正確に数えたうえで徹底的に鯉を描画したそうです。
他の塾生たちも彼の筆が止まるのを待っていました。
ようやく写生が終わり塾生たちが鯉をさばこうとしたところ、暁斎がそれを制止します。
暁斎は写生させてもらった鯉を「師」とし、生きたまま川に戻すべきだと主張したのです。
食べるために釣ってきたわけですから他の塾生たちは暁斎の言に従うわけもなく、その鯉は料理されそうになります。
ところがその文字通りの「まな板の鯉」が突然大暴れしはじめたため、祟りをおそれた塾生たちは結局暁斎の言う通り近くの池に放すことになったのだそうです。
暁斎は自分の描く鯉が素晴らしいとすれば、それはこの一件が原因だとしばしば口にしていたそうです。

虎屋の「五月幟図」や個人蔵の「幟鍾馗図」に見られる鯉のぼりの特徴的な構図はこのモチーフに並々ならぬ自信をもっていた河鍋暁斎の得意技、その典型といえるかもしれません。

 

河鍋暁斎「四季風景五月幟図」(虎屋蔵)

なおギャラリー内の写真撮影は全面的にOKでした。